・・・ 美人座は戎橋の北東詰を宗右衛門町へ折れた掛りにあり、道頓堀の太左衛門橋の南西詰にある赤玉と並んで、その頃大阪の二大カフェであった。赤玉が屋上にムーラン・ルージュをつけて道頓堀の夜空を赤く青く染めると、美人座では二階の窓に拡声機をつけて・・・ 織田作之助 「世相」
・・・ 南洋に発現してから徐々に北西に進み台湾の東から次第に北東に転向して土佐沖に向かって進んで来そうに見えるという点までは今度の颱風とほとんど同じような履歴書を持って来るのがいくらもある。しかしそれがふいと見当をちがえて転向してみたり、また・・・ 寺田寅彦 「颱風雑俎」
・・・ 中央アフリカ北東コンゴーのある地方の竪琴にクンディまたはクンズというのがある。ここまで来ると騎虎の勢いに乗じて、結局日本のコトをついでにこれと同列に並べてみたくなるのである。 竪琴の最古のものはテーベの墓の壁画に描かれたものだそう・・・ 寺田寅彦 「日本楽器の名称」
・・・ コンパスは、グルっと廻って、北東を指した。 第三金時丸は、こうして時々、千本桜の軍内のように、「行きつ戻りつ」するのであった。コムパスが傷んでいたんだ。 又、彼女が、ドックに入ることがある。セイラーは、カンカン・ハマーで、彼女・・・ 葉山嘉樹 「労働者の居ない船」
・・・それにせいが高いので、教室でもいちばん火に遠いこわれた戸のすきまから風のひゅうひゅう入って来る北東の隅だったのです。 けれども今日は、こんなにそらがまっ青で、見ているとまるでわくわくするよう、かれくさも桑ばやしの黄いろの脚もまばゆいくら・・・ 宮沢賢治 「イーハトーボ農学校の春」
イーハトヴは一つの地名である。しいて、その地点を求むるならば、それは、大小クラウスたちの耕していた、野原や、少女アリスがたどった鏡の国と同じ世界の中、テパーンタール砂漠のはるかな北東、イヴン王国の遠い東と考えられる。じつ・・・ 宮沢賢治 「『注文の多い料理店』新刊案内」
・・・年を取ッた武者は北東に見えるかたそぎを指さして若いのに向い、「誠に広いではおじゃらぬか。いずくを見ても原ばかりじゃ。和主などはまだ知りなさるまいが、それあすこのかたそぎ、のうあれが名に聞ゆる明神じゃ。その、また、北東には浜成たちの観世音・・・ 山田美妙 「武蔵野」
出典:青空文庫