・・・今や小麦なり、砂糖大根なり、北欧産の穀類または野菜にして、成熟せざるものなきにいたりました。ユトランドは大樅の林の繁茂のゆえをもって良き田園と化しました。木材を与えられし上に善き気候を与えられました、植ゆべきはまことに樹であります。 し・・・ 内村鑑三 「デンマルク国の話」
・・・伊太利の空を描いても、知らず北欧の空の色が、描き出されるのをいかんともすることができなかった。ゴッホに、到底セザンヌの軽快洒脱を望むことはできないが、その表現主義的であり、哲学的である点に於て、ゴッホとムンクと相通ずるところがあるのは、同じ・・・ 小川未明 「彼等流浪す」
・・・ チャイコフスキーの「秋の歌」という小曲がある。私はジンバリストの演奏したこの曲のレコードを持っている。そして、折にふれて、これを取り出して、独り静かにこの曲の呼び出す幻想の世界にわけ入る。 北欧の、果てもなき平野の奥に、白樺の森が・・・ 寺田寅彦 「秋の歌」
・・・ グリムやアンデルセンは北欧民族の「民族的記憶」のなごりを惜しんで、それを消えない前によび返してそれに新しい生命を吹き込んだ人ではないかと想像される。 近ごろわが国でも土俗学的の研究趣味が勃興したようで誠に喜ばしいことと思われるが、・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・昔北欧を旅行したとき、たしかヘルシングフォルスの電車の運転手が背広で、しかも切符切りの車掌などは一人もいず、乗客は勝手に上がり口の箱の中へかねて買い置きの白銅製の切符を投げ入れていたように記憶している。こんなのんびりした国もあるのかと思った・・・ 寺田寅彦 「破片」
・・・ 日本に武士道があるように、北欧の乱世にはやはりそれなりの武士道があった。名誉や信仰の前に生命を塵埃のように軽んじたのはどこでも同じであったと見える。女にも烈婦があった。そしてどことなくイブセンの描いたのに似たような強い女も出て来た。さ・・・ 寺田寅彦 「春寒」
・・・学術部長のウィーゼ博士は物静かで真摯ないかにも北欧人らしい好紳士で流暢なドイツ語を話した。この人からいろいろ学術上の仕事の話を聞いた後に「日光は見たか」と聞いたら「否」、「芝居は」と聞いたら「否」と答えたきりで黙ってしまった。海流の研究の結・・・ 寺田寅彦 「北氷洋の氷の割れる音」
・・・現代文学に、全き人間性の再建として、模索されている社会性の課題は、近代の社会生活の中にある人間を、北欧の伝説にあるような単純な原人に還らすことでもなければ、現代史の中の理性の確執を、日本の馬鹿囃の太鼓の音にまぎらすことでもない。社会と個人の・・・ 宮本百合子 「「下じき」の問題」
・・・ましてや、アンデルセンという北欧の文学者を、その本人の精神よりもロマンティックに日本に紹介した「即興詩人」の訳は出来なかったであろう。文学のえらさはいつもどこか世間並のえらさのけたをはずしている。ゲーテは十八世紀末から十九世紀の初頭にかけて・・・ 宮本百合子 「田端の汽車そのほか」
出典:青空文庫