・・・ しかし最後に一言しますがね、僕は人間を二種に区別したい、曰く驚く人、曰く平気な人……」「僕は何方へ属するのだろう!」と松木は笑いながら問うた。「無論、平気な人に属します、ここに居る七人は皆な平気の平三の種類に属します。イヤ世界十幾・・・ 国木田独歩 「牛肉と馬鈴薯」
・・・誰れにも区別なく麦を添加するのは、中に米ばかりを食って麦を食わない者が出来るのを妨ぐためではあろうが、畑からとれた麦を持っている農民が、その麦を売って、又麦を買うということは、中間商人に手間賃を稼がせるばかりで、いずれの農家でも頗る評判が悪・・・ 黒島伝治 「外米と農民」
・・・ 本隊を離れてしまった彼等には、×の区別も×の区別もなかった。恐れる必要もなかった。××と雖も、××の前には人間一人としての価値しかなかった。そして、××は、使おうと思えば、いつでも使えるのだ。九時すぎに、薪が尽きてきた。浜田は、昼間に・・・ 黒島伝治 「前哨」
・・・元より羊は草にひとしく、海ほおずきは蛙と同じサ、動植物無区別論に極ッてるよ。さてそれから螺旋でこの生物を論ずると死生の大法が分るから、いよいよ大発明の大哲学サ、しッかりしてきかないと分らないよ。一体全体何んでもドンゾコまで分ッてる世・・・ 幸田露伴 「ねじくり博士」
・・・世の中を立派に生きとおすように生れついた人と、そうでない人と、はじめからはっきり区別がついているんじゃないかしら。」「いいえ、鈍感なんですのよ、あたしなんかは。ただ、……」「ただ?」 夫は、本当に狂ったひとのような、へんな目つき・・・ 太宰治 「おさん」
・・・言っていい事と言ってはならぬ事との区別が、この作家に、よくわからないのである。「道徳の適性」とでもいうべきものが、未だに呑み込めて居ない様子なのである。言いたい事は、山ほど在るのだ。実に、言いたい。その時ふと、誰かの声が聞える。「何を言った・・・ 太宰治 「作家の像」
・・・不注意なわれわれ素人には花のない見知らぬ樹木はだいたい針葉樹と扁葉樹との二色ぐらいか、せいぜいで十種二十種にしか区別ができないのに、花が咲いて見るとそこに何か新しい別物が生まれたかのように感じるものらしい。無理な類推ではあるが人間の個性も、・・・ 寺田寅彦 「あひると猿」
・・・この若く美しい夫人がスクリーンで見る某映画女優と区別の出来ないほどに実によく似ていた。 橋を渡る頃はまた雨になって河風に傘を取られそうであった。大きな丸太を針金で縛り合せた仮橋が生ま生ましく新しいのを見ると、前の橋が出水に流されてそのあ・・・ 寺田寅彦 「雨の上高地」
・・・銀座の文明と横浜のホテルとの間には歴然たる区別がある。そして横浜と印度の殖民地と西洋との間にはまた梯子昇りに階段がついている。 ここにおいて、或る人は、帝国ホテルの西洋料理よりもむしろ露店の立ち喰いにトンカツのをかぎたいといった。露店で・・・ 永井荷風 「銀座」
・・・この黄味の強い赤い夕陽の光に照りつけられて、見渡す人家、堀割、石垣、凡ての物の側面は、その角度を鋭く鮮明にしてはいたが、しかし日本の空気の是非なさは遠近を区別すべき些少の濃淡をもつけないので、堀割の眺望はさながら旧式の芝居の平い書割としか思・・・ 永井荷風 「深川の唄」
出典:青空文庫