・・・それは医学を超越する自然の神秘を力説したのである。つまり博士自身の信用の代りに医学の信用を抛棄したのである。 けれども当人の半三郎だけは復活祝賀会へ出席した時さえ、少しも浮いた顔を見せなかった。見せなかったのも勿論、不思議ではない。彼の・・・ 芥川竜之介 「馬の脚」
・・・ それから又島木さんは後ろ向きに坐ったまま、ワイシャツの裾をまくり上げ、医学博士の斎藤さんに神経痛の注射をして貰った。二度目の注射は痛かったらしい。島木さんは腰へ手をやりながら、「斎藤君、大分こたえるぞ」などと常談のように声をかけたりし・・・ 芥川竜之介 「島木赤彦氏」
・・・千葉の町の大きな料理屋、万翠楼の姉娘が、今の主人の、その頃医学生だったのと間違って。……ただ、それだけではないらしい。学生の癖に、悪く、商売人じみた、はなを引く、賭碁を打つ。それじゃ退学にならずにいません。佐原の出で、なまじ故郷が近いだけに・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
上 実は好奇心のゆえに、しかれども予は予が画師たるを利器として、ともかくも口実を設けつつ、予と兄弟もただならざる医学士高峰をしいて、某の日東京府下の一病院において、渠が刀を下すべき、貴船伯爵夫人の手術をば予をして見せしむることを・・・ 泉鏡花 「外科室」
・・・ その人たちというのは、主に懶惰、放蕩のため、世に見棄てられた医学生の落第なかまで、年輩も相応、女房持なども交った。中には政治家の半端もあるし、実業家の下積、山師も居たし、真面目に巡査になろうかというのもあった。 そこで、宗吉が当時・・・ 泉鏡花 「売色鴨南蛮」
・・・雨戸の中は、相州西鎌倉乱橋の妙長寺という、法華宗の寺の、本堂に隣った八畳の、横に長い置床の附いた座敷で、向って左手に、葛籠、革鞄などを置いた際に、山科という医学生が、四六の借蚊帳を釣って寝て居るのである。 声を懸けて、戸を敲いて、開けて・・・ 泉鏡花 「星あかり」
・・・ 疱瘡の色彩療法は医学上の根拠があるそうであるが、いつ頃からの風俗か知らぬが蒲団から何から何までが赤いずくめで、枕許には赤い木兎、赤い達磨を初め赤い翫具を列べ、疱瘡ッ子の読物として紅摺の絵本までが出板された。軽焼の袋もこれに因んで木兎や・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・逆説的にいえば、彼等の評論こそエロチシズム評論ではないか――などという揚足取りを、まさか僕はしたくありませんが、大体に於て、公式的にものを考え、公式的な文章を書く人の言葉づかいは、科学的か医学的か政治的か何だか知りませんが、随分生硬でどぎつ・・・ 織田作之助 「猫と杓子について」
・・・横井はその時分医学専門の入学準備をしていたのだが、その時分下宿へ怪しげな女なぞ引張り込んだりしていたが、それから間もなく警察へ入ったのらしかった。 横井はやはり警官振った口調で、彼の現在の職業とか収入とかいろ/\なことを訊いた。「君・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・ かつてのかゝりつけの安斎医学博士の栄養説によると、台湾に住んでいてわざ/\内地米を取りよせて食っていた者があったそうだが、内地米が如何にすぐれていようともそんなのは栄養上からよくないそうである。人間もやはり自然界の一存在で、その住んで・・・ 黒島伝治 「外米と農民」
出典:青空文庫