・・・私は一応考えた上、彼女の眼が私の動作に連れて動いたのは、ただ私がそう感じた丈けなんだろう、と思って、よく医師が臨終の人にするように彼女の眼の上で私は手を振って見た。 彼女は瞬をした。彼女は見ていたのだ。そして呼吸も可成り整っているのだっ・・・ 葉山嘉樹 「淫賣婦」
・・・ 安岡は故郷のあらゆる医師の立ち会い診断でも病名が判然しなかった。臨終の枕頭の親友に彼は言った。「僕の病源は僕だけが知っている」 こう言って、切れ切れな言葉で彼は屍を食うのを見た一場を物語った。そして忌まわしい世に別れを告げてし・・・ 葉山嘉樹 「死屍を食う男」
・・・殊に病気の時など医師に対して自から自身の容態を述ぶるの法を知らず、其尋問に答うるにも羞ずるが如く恐るゝが如くにして、病症発作の前後を錯雑し、寒温痛痒の軽重を明言する能わずして、無益に診察の時を費すのみか、其医師は遂に要領を得ずして処方に当惑・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・ ゆえに政府たる者が人民の権を認むると否とに際して、その加減の難きは、医師の匕の類に非ず、これを想い、またこれを思い、ただに三思のみならず、三百思もなお足るべからずといえども、その細目の適宜を得んとするは、とうてい人智の及ぶところに非ざ・・・ 福沢諭吉 「学者安心論」
時 一九二〇年代処 盛岡市郊外人物 爾薩待 正 開業したての植物医師ペンキ屋徒弟農民 一農民 二農民 三農民 四農民 五農民 六幕あく。粗末なバラ・・・ 宮沢賢治 「植物医師」
・・・重役 五七名 二九名 六名 三名 ― 一三名 一〇名弁護士 一七名 九名 一九名 ― ― 一名 三名会社員 三名 三名 七名 ― ― 一名 二名医師 五名 一名 ― ―・・・ 宮本百合子 「一票の教訓」
・・・それはなんだったろう。医師ラヴィックの生活をとおして全面に描き出されている旧いヨーロッパの秩序の崩壊に対するやきつくように鋭い意識とその意識につらぬかれつつそれをもちこたえてゆくダイナミックで強靭な感覚と神経。「凱旋門」が日本の若い人々を魅・・・ 宮本百合子 「偽りのない文化を」
・・・「もう土地の医師の処を二三軒廻って来た婦人の患者です。最初誰かに脹満だと云われたので、水を取って貰うには、外科のお医者が好かろうと思って、誰かの処へ行くと、どうも堅いから癌かも知れないと云って、針を刺してくれなかったと云うのです」「・・・ 森鴎外 「カズイスチカ」
・・・本締が来る。医師を呼びに遣る。三右衛門の妻子のいる蠣殻町の中邸へ使が走って行く。 三右衛門は精神が慥で、役人等に問われて、はっきりした返事をした。自分には意趣遺恨を受ける覚は無い。白紙の手紙を持って来て切って掛かった男は、顔を知って名を・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
・・・と同時に、彼女にとっては、魚は彼女の苦痛な時期をより縮めんとしている情ある医師でもあった。彼には、あの砲弾のような鮪の鈍重な羅列が、急に無意味な意味を含めながら、黒々と沈黙しているように見えてならなかった。 十 ・・・ 横光利一 「花園の思想」
出典:青空文庫