・・・こういう珍しい千代紙式に多様な模様を染め付けられた国の首都としての東京市街であってみれば、おもちゃ箱やごみ箱を引っくり返したような乱雑さ、ないしはつづれの錦の美しさが至るところに見いだされてもそれは別に不思議なことでもなければ、慨嘆するにも・・・ 寺田寅彦 「カメラをさげて」
・・・末の冬子は線香花火や千代紙やこまごました品を少しずつしか買わないので、配当されたわずかな金が割合に長く使いでがあるようであった。そういう事実は多少小さな姉や兄の注意をひいているらしかった。 学校へ出ている子等は毎朝復習をしていた。まだ幼・・・ 寺田寅彦 「小さな出来事」
・・・去年の枯れ菊が引かれたままで、あわれに朽ちている、それに千代紙の切れか何かが引っ掛かって風のないのに、寒そうにふるえている。手水鉢の向かいの梅の枝に二輪ばかり満開したのがある。近づいてよく見ると作り花がくっつけてあった。おおかた病人のいたず・・・ 寺田寅彦 「どんぐり」
・・・ この間中、田舎に行っていたうち何かで、或る作家が、女性の作品はどうしても拵えもので、千代紙のようでなければ、直に或る既成の哲学的概念に順応して行こうとする傾向がある、と云うような意味の話をされた事を読んだ。 これは新しい評言ではな・・・ 宮本百合子 「概念と心其もの」
・・・ 外側のケースに千代紙なんか貼ってしまって益妙ですが、これはいつか妹のいたずらで御免下さい。 粉の白粉は変質したりしないでしょうか、その点も自信ございません。万一パサパサでしたら悪いと気がかりですが、あけては僅の興も失われてしまいま・・・ 宮本百合子 「日記・書簡」
町から、何処に居ても山が見える。その山には三月の雪があった。――山の下の小さい町々の通りは、雪溶けの上へ五色の千代紙を剪りこまざいて散らしたようであった。製糸工場が休みで、数百の若い工女がその日は寄宿舎から町へぶちまけられ・・・ 宮本百合子 「町の展望」
・・・ 私は、千代紙と緋縮緬と糸と鋏と奉書を出しながら云った。器用な手つきをして紙を切ってさして居たかんざしの銀の足で、おけいちゃんはしわを作った。それに綿を入れてくくって唐人まげの根元に緋縮緬をかけてはでな色の着物をきせて、帯をむすんでおひ・・・ 宮本百合子 「芽生」
出典:青空文庫