・・・彼がそのなかに見る半ば夢想のそして半ば現実の男女の姿態がいかに情熱的で性欲的であるか。またそれに見入っている彼自身がいかに情熱を覚え性欲を覚えるか。窓のなかの二人はまるで彼の呼吸を呼吸しているようであり、彼はまた二人の呼吸を呼吸しているよう・・・ 梶井基次郎 「ある崖上の感情」
・・・ と光代は奪上げ放しに枕の栓を抜き捨て、諸手に早くも半ば押し潰しぬ。 よんどころなく善平は起き直りて、それでは仲直りに茶を点れようか。あの持って来た干菓子を出してくれ。と言えば、知りませぬ。と光代はまだ余波を残して、私はお湯にでも参りま・・・ 川上眉山 「書記官」
・・・ 水車は川向にあってその古めかしい処、木立の繁みに半ば被われている案排、蔦葛が這い纏うている具合、少年心にも面白い画題と心得ていたのである。これを対岸から写すので、自分は堤を下りて川原の草原に出ると、今まで川柳の蔭で見えなかったが、一人・・・ 国木田独歩 「画の悲み」
・・・リップスの『美学』を読むものはいかに彼の美の感覚が善の感覚と融合しているかを見て思い半ばにすぎるであろう。しかし生を全体として把握しようとするわれわれの目から見るとき、かくの如きは当然のことである。『モダンペーンター』の著者ラスキンはまた熱・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・十月半ばのことだ。 坂本は、「腹がへったなあ。」と云ってあくびをした。「内地に居りゃ、今頃、野良から鍬をかついで帰りよる時分だぜ。」「あ、そうだ。もう芋を掘る時分かな。」「うむ。」「ああ、芋が食いたいなあ!」 そ・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
・・・建築半ばなれども室広く器物清くして待遇あしからず、いと心地よし。 二十九日、市中を散歩するにわずか二年余見ざりしうちに、著しく家列びもよく道路も美しくなり、大町末広町なんどおさおさ東京にも劣るべからず。公園のみは寒気強きところなれば樹木・・・ 幸田露伴 「突貫紀行」
・・・彼らは、たいてい栄養の不足や、過度の労働や、汚穢なる住居や、有毒なる空気や、激甚なる寒暑や、さては精神過多等の不自然な原因から誘致した病気のために、その天寿の半ばにも達せずして、紛々として死に失せるのである。ひとり病気のみでない。彼らは、餓・・・ 幸徳秋水 「死刑の前」
十一月の半ば過ぎると、もう北海道には雪が降る。乾いた、細かい、ギリギリと寒い雪だ。――チヤツプリンの「黄金狂時代」を見た人は、あのアラスカの大吹雪を思い出すことが出来る、あれとそのまゝが北海道の冬である。北海道へ「出稼」に来た人達は冬・・・ 小林多喜二 「北海道の「俊寛」」
・・・ある二階へ連れ込まれたがそもそもの端緒一向だね一ツ献じようとさされたる猪口をイエどうも私はと一言を三言に分けて迷惑ゆえの辞退を、酒席の憲法恥をかかすべからずと強いられてやっと受ける手頭のわけもなく顫え半ば吸物椀の上へ篠を束ねて降る驟雨酌する・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・月の初めと半ばとの二度に分けて、半月に一円ずつの小遣を渡すのを私の家ではそう呼んでいた。「今月はまだ出さなかったかねえ。」「とうさん、きょうは二日だよ。三月の二日だよ。」 それを聞いて、私は黒いメリンスを巻きつけた兵児帯の間から・・・ 島崎藤村 「嵐」
出典:青空文庫