・・・ 洋燈を片寄せようとして、不図床を見ると紙本半切の水墨山水、高久靄で無論真筆紛れない。夜目ながら墨色深潤大いに気に入った。此気分のよいところで早速枕に就くこととする。 強いて頭を空虚に、眼を閉じてもなかなか眠れない、地に響くような波・・・ 伊藤左千夫 「浜菊」
・・・蓋を開けた硯箱の傍には、端を引き裂いた半切が転がり、手箪笥の抽匣を二段斜めに重ねて、唐紙の隅のところへ押しつけてある。 お熊が何か言おうとした矢先、階下でお熊を呼ぶ声が聞えた。お熊は返辞をして立とうとして、またちょいと蹲踞んだ。「ね・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・ツルツルの西洋紙を、何枚も菊半截ぐらいの大さに切って木炭紙へケシの花を自分で描いて表紙とし、桃色の布でとじた。そこへ、筆で毎日何か書いて行った。 どんな筋だったか、まるで覚えないが、何でも凄い恋愛小説だったことだけは確かだ。 或る夜・・・ 宮本百合子 「「処女作」より前の処女作」
・・・そして将校行李の蓋を開けて、半切毛布に包んだ箱を出した。Havana の葉巻である。石田は平生天狗を呑んでいて、これならどんな田舎に行軍をしても、補充の出来ない事はないと云っている。偶には上等の葉巻を呑む。そして友達と雑談をするとき、「小説・・・ 森鴎外 「鶏」
・・・漱石は半切に、「人静月同照」という五字を、一行に書いた。二、三枚書きつぶしてから、今度はうまく行ったと言って漱石が自ら満足する字ができた。樗陰も、これはいいと言ってしばらくながめていたが、やがて首をかしげて、先生、この文句は変ですね、と言い・・・ 和辻哲郎 「漱石の人物」
出典:青空文庫