・・・封筒の中には手紙のほかにも、半紙に一の字を引いたのが、四つ折のままはいっていた。「どこ? 神山さん、この太極堂と云うのは。」 洋一はそれでも珍しそうに、叔母の読んでいる手紙を覗きこんだ。「二町目の角に洋食屋がありましょう。あの露・・・ 芥川竜之介 「お律と子等と」
・・・嵩は半紙の一しめくらいある、が、目かたは莫迦に軽い、何かと思ってあけて見ると、「朝日」の二十入りの空き箱に水を打ったらしい青草がつまり、それへ首筋の赤い蛍が何匹もすがっていたと言うことです。もっともそのまた「朝日」の空き箱には空気を通わせる・・・ 芥川竜之介 「温泉だより」
・・・僕や僕の姉などに画を描いてくれと迫られると、四つ折の半紙に画を描いてくれる。画は墨を使うばかりではない。僕の姉の水絵の具を行楽の子女の衣服だの草木の花だのになすってくれる。唯それ等の画中の人物はいずれも狐の顔をしていた。 僕の母の死んだ・・・ 芥川竜之介 「点鬼簿」
・・・「御客様の御用で半紙を買いに――」――こう云うお敏の言葉が終らない内に、柳に塞がれた店先が一層うす暗くなったと思うとたちまち蚊やり線香の赤提燈の胴をかすめて、きらりと一すじ雨の糸が冷たく斜に光りました。と同時に柳の葉も震えるかと思うほど、ど・・・ 芥川竜之介 「妖婆」
・・・……亡きあとでも、その常用だった粗末な手ぶんこの中に、なおざりにちょっと半紙に包んで、といけぞんざいに書いたものを開けると、水晶の浄土珠数一聯、とって十九のまだ嫁入前の娘に、と傍で思ったのは大違い、粒の揃った百幾顆の、皆真珠であった。 ・・・ 泉鏡花 「怨霊借用」
・・・道中の心得に、新しく調えた懐中に半紙があった。 目の露したたり、口許も綻びそうな、写真を取って、思わず、四辺を見て半紙に包もうとした。 トタンに人気勢がした。 樹島はバッとあかくなった。 猛然として憶起した事がある。八歳か、・・・ 泉鏡花 「夫人利生記」
・・・――実は旅の事欠けに、半紙に不自由をしたので、帳場へ通じて取寄せようか、買いに遣ろうかとも思ったが、式のごとき大まかさの、のんびりさの旅館であるから、北国一の電話で、呼寄せていいつけて、買いに遣って取寄せる隙に、自分で買って来る方が手取早い・・・ 泉鏡花 「みさごの鮨」
・・・女房は銭占屋の使で町まで駿河半紙を買いに行ったし、私も話対手はなし、といってすることもないから、浜へでも行ってみようと思った。すると、私のその気勢に、今までじっと睡ったように身動きもしなかった銭占屋が、「君、どっかへ出るかね。」と頭を挙・・・ 小栗風葉 「世間師」
・・・ 辛うじて木版と半紙を算段して、五十枚か百枚ずつ竹の皮でこすっては、チラシを手刷りした。が、人夫を雇う金もない。已むなく自ら出向いて、御霊神社あたりの繁華な場所に立って一枚一枚通行人に配った。そして、いちはやく馳せ戻り、店に坐って、客の・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・――それはたとえば彼が半紙などを忘れて学校へ行ったとき、先生に断わりを言って急いで自家へ取りに帰って来る、学校は授業中の、なにか珍しい午前の路であった。そんなときでもなければ垣間見ることを許されなかった、聖なる時刻の有様であった。そう思って・・・ 梶井基次郎 「冬の日」
出典:青空文庫