・・・ それは竹へ半紙を一枚はりつけて大きな顔を書いたものです。 その「源の大将」が青い月のあかりの中でこと更顔を横にまげ眼を瞋らせて小吉をにらんだように見えました。小吉も怒ってすぐそれを引っこ抜いて田の中に投げてしまおうとしましたが俄か・・・ 宮沢賢治 「とっこべとら子」
・・・テジマアは一寸うなずいて、ポッケットから財布を出し、半紙判の紙幣を一枚引っぱり出して給仕にそれを握らせました。「今度の旦那は気前が実にいいなあ。」とつぶやきながら、ばけもの給仕は幕の中にはいって行きました。そこでテジマアは、ナイフをとり・・・ 宮沢賢治 「ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記」
・・・「この墨は、灰墨じゃあないから、そんなにどろどろにはならないよ。半紙は?」「ここ」 私は、七歳で、真白い紙の端に墨の拇印をつけながら、抓んで半紙を御飯台の上に展げた。母は、傍から椎の実筆を執り池にぽっとりした! 岡でくるくる転し・・・ 宮本百合子 「雲母片」
・・・ 嫁の実家、又は養子の実家のいいと云う事は、なかなか馬鹿に出来ないものだのに、フラフラと出来心でこんな事をして、揚句は、見越しのつかない病気になんかかかられて、食い込まれる…… お君が半紙をバリバリと裂いた音に、お金の考えが途中で消・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
・・・と、半紙に書いたヤスの手紙を見せた。面会させてくれと来たが、会わされないから返事だけ書けというのだ。警察備品らしい筆で、「国の父から電報が参りまして、すぐかえれ、帰らなければこれきり家へ入れないといってまいりました。まことにすみ・・・ 宮本百合子 「刻々」
・・・ 口を利きながら、彼は持っている半紙大の紙へ頻りに筆を動かした。「なあに」「――ふむ」 やがて、「どう? 一寸似ているだろう」 彼が持って来たのを見ると、それは大神楽に見とれていたなほ子のスケッチであった。横を向いて・・・ 宮本百合子 「白い蚊帳」
・・・初のは半紙の罫紙であったが、こん度のは紫板の西洋紙である。手の平にべたりと食っ附く。丁度物干竿と一しょに蛞蝓を掴んだような心持である。 この時までに五六人の同僚が次第に出て来て、いつか机が皆塞がっていた。八時の鐸が鳴って暫くすると、課長・・・ 森鴎外 「あそび」
・・・誰やらの邸で歌の会のあったとき見覚えた通りに半紙を横に二つに折って、「家老衆はとまれとまれと仰せあれどとめてとまらぬこの五助哉」と、常の詠草のように書いてある。署名はしてない。歌の中に五助としてあるから、二重に名を書かなくてもよいと、すなお・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・ いちは起きて、手習いの清書をする半紙に、平がなで願書を書いた。父の命を助けて、その代わりに自分と妹のまつ、とく、弟の初五郎をおしおきにしていただきたい、実子でない長太郎だけはお許しくださるようにというだけの事ではあるが、どう書きつづっ・・・ 森鴎外 「最後の一句」
・・・僕には蔀君が半紙に取り分けて、持って来てくれたので、僕は敷居の上にしゃがんで食った。「お茶も今上げます。盥も手桶も皆新しいのです」と蔀君は言いわけをするように云って置いて、茶を取りに立った。しかしそんな言いわけらしい事を聞かなくても、僕は飲・・・ 森鴎外 「百物語」
出典:青空文庫