・・・ 書記の今西はその響に応じて、心もち明けた戸の後から、痩せた半身をさし延ばした。「今西君。鄭君にそう云ってくれ給え。今夜はどうか私の代りに、東京へ御出でを願いますと。」 陳の声はいつの間にか、力のある調子を失っていた。今西はしか・・・ 芥川竜之介 「影」
・・・しかし僕の目をひいたのは何よりも両側の龕の中にある大理石の半身像です。僕は何かそれらの像を見知っているように思いました。それもまた不思議ではありません。あの腰の曲った河童は「生命の樹」の説明をおわると、今度は僕やラップといっしょに右側の龕の・・・ 芥川竜之介 「河童」
・・・窓から半身を乗り出していた例の娘が、あの霜焼けの手をつとのばして、勢よく左右に振ったと思うと、忽ち心を躍らすばかり暖な日の色に染まっている蜜柑が凡そ五つ六つ、汽車を見送った子供たちの上へばらばらと空から降って来た。私は思わず息を呑んだ。そう・・・ 芥川竜之介 「蜜柑」
・・・風に向った二人の半身は忽ち白く染まって、細かい針で絶間なく刺すような刺戟は二人の顔を真赤にして感覚を失わしめた。二人は睫毛に氷りつく雪を打振い打振い雪の中をこいだ。 国道に出ると雪道がついていた。踏み堅められない深みに落ちないように仁右・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・クララは抱きしめて思い存分いとしがってやりたくなって半身を起して乗しかかった。同時にその場合の大事がクララを思いとどまらした。クララは肱をついて半分身を起したままで、アグネスを見やりながらほろほろと泣いた。死んだ一人児を母が撫でさすりながら・・・ 有島武郎 「クララの出家」
・・・ 大空には、あたかもこの海の沖を通って、有磯海から親不知の浜を、五智の如来へ詣ずるという、泳ぐのに半身を波の上に顕して、列を造って行くとか聞く、海豚の群が、毒気を吐掛けたような入道雲の低いのが、むくむくと推並んで、動くともなしに、見てい・・・ 泉鏡花 「瓜の涙」
・・・ きつね格子に、その半身、やがて、たけた顔が覗いて、見送って消えた。 その草双紙である。一冊は、夢中で我が家の、階子段を、父に見せまいと、駆上る時に、――帰ったかと、声がかかって、ハッと思う、……懐中に、どうしたか失せて見えなく・・・ 泉鏡花 「絵本の春」
・・・ と身を横に、蔽うた燈を離れたので、玉ぼやを透かした薄あかりに、くっきり描き出された、上り口の半身は、雲の絶間の青柳見るよう、髪も容もすっきりした中年増。 これはあるじの国許から、五ツになる男の児を伴うて、この度上京、しばらくここに・・・ 泉鏡花 「女客」
・・・ 飛下りて、胴の間に膝をついて、白髪天頭を左右に振ったが、突然水中へ手を入れると、朦朧として白く、人の寝姿に水の懸ったのが、一揺静に揺れて、落着いて二三尺離れて流れる、途端に思うさま半身を乗出したので反対の側なる舷へざぶりと一波浴せたが・・・ 泉鏡花 「葛飾砂子」
・・・と差し出されたのを、金之助は手に取って見ると、それは手札形の半身で、何さま十人並み勝れた愛くるしい娘姿。年は十九か、二十にはまだなるまいと思われるが、それにしても思いきってはでな下町作りで、頭は結綿にモール細工の前まえざし、羽織はなしで友禅・・・ 小栗風葉 「深川女房」
出典:青空文庫