・・・あなたはわたくしを、謙遜を知らぬ、我慾の強いものだと仰しゃるかも知れませんが、それと同じ権利で、わたくしはあなたを、気の狭い卑屈な方だと申す事も出来ましょう。あなたの尺度でわたくしをお測りになって、その尺度が足らぬからと言って、わたくしを度・・・ 著:オイレンベルクヘルベルト 訳:森鴎外 「女の決闘」
・・・そのことが、いかに、純情、無垢な彼等の明朗性を損うことか分らないのみならず、真の勇気を阻止し、権力の前に卑屈な人間たらしめることになるのであります。 考うるだに慨歎すべきことです。この種の読物こそ、階級闘争の種子を蒔き、その激化を将来に・・・ 小川未明 「童話を書く時の心」
・・・キリストの無抵抗主義若しくは犠牲というものは、そういうような逃避的な卑屈のものではなかった。五 私はアルツィバーセフの作にあった一節、彼のピラトがシモンに向って、「おれはあのユダヤの乞食哲学者に対しては不思議な感じがした。そして・・・ 小川未明 「反キリスト教運動」
・・・ 実にさまざまな、卑屈な笑いを笑った。「当りきや。そうあっさりと、びっくりしてたまるか。おい、亀公、お前この俺を一ぺんでもびっくりさせることが出来たら、新円で千円くれてやらア」 蓄膿症をわずらっているらしくしきりに鼻をズーズーさ・・・ 織田作之助 「夜光虫」
私の文学――編集者のつけた題である。 この種の文章は往々にして、いやみな自己弁護になるか、卑屈な謙遜になるか、傲慢な自己主張になりやすい。さりげなく自己の文学を語ることはむずかしいのだ。 しかし、文学というものは、・・・ 織田作之助 「私の文学」
・・・妄想で自らを卑屈にすることなく、戦うべき相手とこそ戦いたい、そしてその後の調和にこそ安んじたいと願う私の気持をお伝えしたくこの筆をとりました。――一九二五年十月―― 梶井基次郎 「橡の花」
・・・が、聯隊の経理室から出た俸給以外に紙幣が兵卒の手に這入る道がないことが明瞭であるにも拘らず、弱点を持っている自分の上に、長くかゝずらっている憲兵の卑屈さを見下げてやりたい感情を経験せずにはいられなかった。主計には頭が上らないから、兵卒のとこ・・・ 黒島伝治 「穴」
・・・三時半を過ぎると、看護卒が卑屈な笑い方をして、靴音を忍ばし、裏門の方へ歩いて行った。五十銭持って、マルーシャのところへ遊びに行ったのだ。不安は病室の隅々まで浸潤してきた。栗本は夕飯がのどを通らなかった。平気でねているのは、片脚を切断した福島・・・ 黒島伝治 「氷河」
・・・K鉱山でもJ鉱山でも、卑屈にペコ/\頭を下げることをやめて、坑夫は、タガネと槌を鉱山主に向って振りあげた。アメリカでも、イギリスでも坑夫は蹶起しつゝあった。全世界に於て、プロレタリアートが、両手を合わすことをやめて、それを拳に握り締めだした・・・ 黒島伝治 「土鼠と落盤」
・・・無性格、よし。卑屈、結構。女性的、そうか。復讐心、よし。お調子もの、またよし。怠惰、よし。変人、よし。化物、よし。古典的秩序へのあこがれやら、訣別やら、何もかも、みんなもらって、ひっくるめて、そのまま歩く。ここに生長がある。ここに発展の路が・・・ 太宰治 「一日の労苦」
出典:青空文庫