・・・卑しい身分の女などはあからさまに卑猥な言葉をその若い道士に投げつけた。道士は凡ての反感に打克つだけの熱意を以て語ろうとしたが、それには未だ少し信仰が足りないように見えた。クララは顔を上げ得なかった。 そこにフランシスがこれも裸形のままで・・・ 有島武郎 「クララの出家」
・・・そしてその卑猥の行為は疑いもなく、彼の人格に規定されている。しかし彼は道徳的評価の責に耐えるであろうか。責に耐えるとはどうしても、そうせぬことが可能であった場合でなくてはならぬ。人格に規定される故に自由であるという自由と責任の観念とは両立し・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・臨終の人の枕もと等で、突然、卑猥な事を言って笑いころげたい衝動を感ずるのです。まじめなのです。気持は堪えられないくらいに厳粛にこわばっていながら、ふいと、冗談を言い出すのです。のがれて都を出ましたというのも、私の苦しまぎれのお道化でした。態・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・それは卑猥の芸であった。少年を置いてほかのお客たちはそれを知らぬのだ。ひとを食うか食わぬか。まっかな角があるかないか。そんなことだけが問題であったのである。 くろんぼのからだには、青い藺の腰蓑がひとつ、つけられていた。油を塗りこくってあ・・・ 太宰治 「逆行」
・・・黄色く薄濁りした液体が一ぱいつまって在る一升瓶は、どうにも不潔な、卑猥な感じさえして、恥ずかしく、眼ざわりでならぬのである。台所の隅に、その一升瓶があるばっかりに、この狭い家全体が、どろりと濁って、甘酸っぱい、へんな匂いさえ感じられ、なんだ・・・ 太宰治 「酒ぎらい」
・・・なんて、卑猥じゃないか。食べものに限らず、家の者の将来に就いても、全く安心していよう。これは、子供と一緒にかならず丈夫に育つ。ありがたいと思った。 家の者達に就いては、いまは少しも心配していないので、毎日、私は気軽である。青空を眺めて楽・・・ 太宰治 「新郎」
・・・の美名に依って、卑猥感を隠蔽せんとたくらんでいるのではなかろうかとさえ思われるのである。「愛」は困難な事業である。それは、「神」にのみ特有の感情かも知れない。人間が人間を「愛する」というのは、なみなみならぬ事である。容易なわざではないの・・・ 太宰治 「チャンス」
・・・り当てられたる債券は率先して購入仕り、また八幡宮に於ける毎月八日の武運長久の祈願には汝等と共に必ず参加申上候わずや、何を以てか我を注意人物となす、名誉毀損なり、そもそも老婆心の忠告とは古来、その心裡の卑猥陋醜なる者の最後に試みる牽制の武器に・・・ 太宰治 「花吹雪」
・・・みなさんに忘れられないように私の勉強ぶりをときたま、ちらっと覗かせてやろうという卑猥な魂胆のようである。虚栄の市 デカルトの「激情論」は名高いわりに面白くない本であるが、「崇敬とはわれに益するところあらむと願望する情の謂いで・・・ 太宰治 「もの思う葦」
・・・そしてそこで始めて、多数の公開観覧所が卑猥なものやあくどい際物で堕落し切っているのに対して、道徳的なものをもって対抗させる機会を得るだろう。教授用フィルムに簡単な幻燈でも併用すれば、従来はただ言葉の記載で長たらしくやっている地理学などの教授・・・ 寺田寅彦 「アインシュタインの教育観」
出典:青空文庫