・・・たとえばド・ヴァレーズ伯爵がけしからぬ犯行の現場から下着のままで街頭に飛び出し、おりから通りかかったマラソン競走の中に紛れ込み、店先の値段札を胸におっつけて選手の番号に擬するような、卑猥であくどい茶番はヤンキー王国の顧客にはぜひとも必要なも・・・ 寺田寅彦 「音楽的映画としての「ラヴ・ミ・トゥナイト」」
・・・見たところ元気のいい子で、顔も背中も渋紙のような色をして、そして当時流行っていた卑猥な流行唄を歌いながら丸裸の跣足で浜を走り廻っていた。 同じ宿に三十歳くらいで赤ん坊を一人つれた大阪弁のちょっと小意気な容貌の女がいた。どういう人だかわれ・・・ 寺田寅彦 「海水浴」
・・・そしていろいろ人を笑わせるつもりらしい粗暴なあるいは卑猥な言語を並べたりした。「あの曲がった煙突をかくといいんだがなあ」などという者もあった。「文展へ行って見ろ、島村観山とか寺岡広業とか、ああいうのはみんな大家だぜ、こんなのとはちがわあ」「・・・ 寺田寅彦 「写生紀行」
・・・ただ落語や川柳には低級なあるいは卑猥な分子が多いように思われており、また実際そうであるのは、これらのものの作者が従来精神的素養の乏しい階級に属していたためにそうなったので、それは必ずしも必然な本質的な理由あっての事ではないという事は、ほとん・・・ 寺田寅彦 「漫画と科学」
・・・ 卑俗な多くの人々にとって、ローレンスが卑猥であったなら、もっと堪えやすかったろう。なぜなら、卑猥に人々は馴れている。体面をつくろう偽善、上品ぶって見て見ぬふりは、それらの人々の処世の態度なのだから。しかしローレンスが性について語るとき・・・ 宮本百合子 「傷だらけの足」
・・・一頁あたりの闇紙が高価ならば、その一頁からうんと儲けなければならないのが、資本主義の出版企業である。卑猥な出版物が全く闇紙をつかって、しかも厖大な利潤を得ているのに、教科書がないこと、参考書がないことを訴えている学生は、国民学校から大学から・・・ 宮本百合子 「文化生産者としての自覚」
・・・ここでも四辺に満ちているのは暗い野蛮、卑猥、飽きもせず繰返されている喧騒とであったが、計らず「母なるヴォルガ」はその洋々とした流れの上で、ゴーリキイの生涯にとって実に意義深い「最初の教師」をひき会わせることになった。 皿洗いゴーリキイに・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
・・・さらにまたかの卑猥なる言語を弄して横行する一群を見る時、吾人は一高校風の前途を危ぶまざるを得ない。校風の暗黒面にみなぎる悪思潮は門鑑制度、上草履制度の無視ではない、尊き心霊に対する肉的侮辱である。吾人は口に豪壮を語る輩が女々しく肉に降服せる・・・ 和辻哲郎 「霊的本能主義」
出典:青空文庫