・・・過ぐる日の饗筵に、卓上の酒尽きて、居並ぶ人の舌の根のしどろに緩む時、首席を占むる隣り合せの二人が、何事か声高に罵る声を聞かぬ者はなかった。「月に吠ゆる狼の……ほざくは」と手にしたる盃を地に抛って、夜鴉の城主は立ち上る。盃の底に残れる赤き酒の・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
・・・ぐれば木瓜の陰に顔たくひすむ雉かな釣鐘にとまりて眠る胡蝶かなやぶ入や鉄漿もらひ来る傘の下小原女の五人揃ふて袷かな照射してさゝやく近江八幡かな葉うら/\火串に白き花見ゆる卓上の鮓に眼寒し観魚亭夕風や水青鷺の・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・勢のいい音を撒きちらして、卓上電話が鳴った。インガは新たな意志で受話器をとった。「――はい。工場です。モスクワから?……どうぞ、インガ・ギーゼルがきいています。」―― 〔一九三一年三月〕・・・ 宮本百合子 「「インガ」」
・・・ 赤い襟飾を結んだ年上のピオニェールが、椅子なしで、卓上へ肱をつき、日やけのした脚を蚊トンボみたいに曲げて熱心に一人一人の話し手の顔を見つめながら聞いてる。 今、詩が朗読されはじめた。「俺は、今日はじめてこの研究会へ出たんだが…・・・ 宮本百合子 「「鎌と鎚」工場の文学研究会」
・・・ 太郎はまだ後輩故卓上を握ってア、ア、というだけ。 きのう二百哩ばかりドライヴをした、いろいろの話を書くのが順のようだけれども、きょうはあなたが八月二十二日に書いて下すった手紙が朝食堂のテーブルの上にのっていたので、先ずそのお礼を申・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・テーブルの程よいところに眼の衛生を重んじた緑色のカサの卓上電燈が配置されてある。別に独立した小テーブルがいくつかあって、そこではわきに手帖をひろげ、何か専門的な書籍で勉強している人々がある。レーニンの石膏像がこの落着いて知識を吸い込んでいる・・・ 宮本百合子 「ドン・バス炭坑区の「労働宮」」
・・・色とりどり実にふんだんな卓上の盛花、隅の食器棚の上に並べられた支那焼花瓶、左右の大聯。重厚で色彩が豊富すぎる其食堂に坐った者とては、初め私達二人の女ぎりであった。人間でないものが多すぎる。其故、花や陶器の放つ色彩が、圧迫的に曇天の正午を生活・・・ 宮本百合子 「長崎の一瞥」
出典:青空文庫