・・・奉天から北京へ来る途中、寝台車の南京虫に螫された時のほかはいつも微笑を浮かべている。しかももう今は南京虫に二度と螫される心配はない。それは××胡同の社宅の居間に蝙蝠印の除虫菊が二缶、ちゃんと具えつけてあるからである。 わたしは半三郎の家・・・ 芥川竜之介 「馬の脚」
・・・ 馴れぬ風土の寒風はひとしおさすらいの身に沁み渡り、うたた脾肉の歎に耐えないのであったが、これも身から出た錆と思えば、落魄の身の誰を怨まん者もなく、南京虫と虱に悩まされ、濁酒と唐辛子を舐めずりながら、温突から温突へと放浪した。 しか・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・「おい、屑!」「おい、蠅!」「おい、南京虫!」「おい、蛆虫!」「おい、しらみ!」「おい、百足!」「おい、豚!」――何をぬかしやがるんや。俺が豚やったら、あいつは、豚もあいつを見たら反吐をはく現糞の悪い奴ちゃ」 ひょうきんな、落語家らしい・・・ 織田作之助 「昨日・今日・明日」
・・・もう一つは家に南京虫が湧いた時です。家全体が焼いてしまいたくなるのです。も一つは新らしい筆記帳の使いはじめ字を書き損ねたときのことです。筆記帳を捨ててしまいたくなるのです。そんなことを思い出した末、私はその年少の友の反省の為に、大切に使われ・・・ 梶井基次郎 「橡の花」
・・・ そして造作もなく、彼の、南京虫だらけの巣へ投り込んだ。 一々そんなことに構っちゃいられないんだ。それに、病人は、水の中から摘み出されたゴム鞠のように、口と尻とから、夥しく、出した。それは、デッキへ洩れると、直ぐにカラカラに、出来の・・・ 葉山嘉樹 「労働者の居ない船」
・・・寄宿舎の南京虫をタイジしろ!○鬼足袋工業株式会社、資本百万円、寺田淳平。二百六十四名、主に少女工剣劇ファン○職工と女工と別の出入口をもっているところもある。○壁のわきのゴミ箱。○脱衣室のわきの三尺の大窓。○あき地で塀・・・ 宮本百合子 「工場労働者の生活について」
・・・というスローガンのかかげられていた時代に書かれた作品としてはマヤコフスキーの「南京虫」「風呂」。ベズィメンスキーの「射撃」「変人」。リベディンスキーの「英雄の誕生」等がある。 これらは、工場内の官僚主義に対する諷刺、プロレタリア技術発展・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェトの芸術」
・・・ 桜のことを云っているのである。警察署の裏、北向きの留置場では花時でも薄暗く、演武場の竹刀の音、すぐ横の石炭置場の奥にある犬小舎でキャン、キャンけたたましく啼き立てる野犬の声などがする。 南京虫が出て、おちおち眠られない。「夏に・・・ 宮本百合子 「刻々」
・・・坐席はひろくゆったりしている。南京虫もこれなら出そうもない。――そうだ。 革命の時代は、三等車かそれとも貨車の中へいきなりわらを敷いて乗って行く方がずっと安全だった。なまじっかビロードなどを張った軟床車よりは。当時シラミは歴史的にふとっ・・・ 宮本百合子 「スモーリヌイに翻る赤旗」
・・・ 2 「南京虫」 「風呂」 マヤコフスキー作 この二つはメイエルホリドが、一九二八年・三〇年のシーズンにつづけて上演した、最初の、五ヵ年計画に関係をもつ脚本だ。「・・・ 宮本百合子 「ソヴェトの芝居」
出典:青空文庫