・・・て、それから、片方に白いふさふさの羽毛を附したる竹製の耳掻きを見つけて、耳穴を掃除し、二十種にあまるジャズ・ソングの歌詞をしるせる豆手帳のペエジをめくり、小声で歌い、歌いおわって、引き出しの隅、一粒の南京豆をぽんと口の中にほうり込む。かなし・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・ 私は露店から一袋十円の南京豆を二袋買い、財布をしまって、少し考え、また財布を出して、もう一袋買った。むかし私はこの子のために、いつも何やらお土産を買って、そうして、この子の母のところへ遊びに行ったものだ。 母は、私と同じとしであっ・・・ 太宰治 「メリイクリスマス」
・・・そして舞台の支那兵たちに、蜜柑や南京豆の皮を投げつけた。可憫そうなチャンチャン坊主は、故意に道化けて見物の投げた豆を拾い、猿芝居のように食ったりした。それがまた可笑しく、一層チャンチャン坊主の憐れを増し、見物人を悦ばせた。だが心ある人々は、・・・ 萩原朔太郎 「日清戦争異聞(原田重吉の夢)」
・・・それからそちらでリンゴと南京豆を買って、南京豆は少ない数をよくよくかんで食べて下さい。そうしてたべると大変体によいそうです。ぜひ忘れないように。 文芸家協会の年鑑は、今年私の「文学における古いもの、新しいもの」という評論をのせました。三・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・ チョンチョンと下足札を鳴らすが、小屋は満員で、騒然としていて、顔役は、まがい猟虎の襟付外套で股火をし、南京豆の殼が処嫌わず散らかっているだけだ。山塞の頭になった役者が粗末な舞台で、「ええ、きりきりあゆめえ!」と声を搾って大見得・・・ 宮本百合子 「山峡新春」
・・・この本も、他の多くの仲間とともに二年後には南京豆の紙袋と化して夜店に現れるだろうか。くだらない本だろうか。私はそうは思わぬ。この本が、ボリソフから届いて始めて訳者の机の上に載せられた時から、我々は共通な興味を感じた。彼女は翻訳する気になった・・・ 宮本百合子 「シナーニ書店のベンチ」
・・・ 附近に陸軍飛行機学校、機関銃隊、騎兵連隊、重砲隊などがある。開墾部落はその間に散在しているのだ。 南京豆と胡麻畑の奥に、小さい藁葺屋根の家が見えた。われわれ一行三人が、前庭に入って行くと、「よう!」 低い窓からこっちを見て・・・ 宮本百合子 「飛行機の下の村」
出典:青空文庫