・・・と見る間に南極の空が浮びあがって、星の世界一周が始まったのだ。 などとこんな説明で、その浪慢的な美しさは表現できぬ。われを忘れて仰いでいると、あろうことか、いびきの音がきこえて来た。団体見学の学生が居眠っているのだった。たぶん今は真夜中・・・ 織田作之助 「星の劇場」
・・・これわれと永久に別れて無究に相見ず、われは北極の氷と化し君は南極の石となりて、感ぜず思わず、限りなく相見ずと思いたもうともなお忍びたもうことを得るや。愛児を失いし人は始めて死の淵の深きに驚き悲しむと言い伝う、わが知れる宗教家もしかいえり。こ・・・ 国木田独歩 「わかれ」
・・・つい先日まで、南極が一ばん暑くて、北極が一ばん寒いと覚えていたのだそうで、その告白を聞いた時には、私は主人の人格を疑いさえしたのである。去年、佐渡へ御旅行なされて、その土産話に、佐渡の島影を汽船から望見して、満洲だと思ったそうで、実に滅茶苦・・・ 太宰治 「十二月八日」
一「バード南極探険」は近ごろ見た映画の内でおもしろいものの一つであった。これまでにも他の探険隊のとった写真やその記事などをいろいろ見てかなりまでは極地の風物の概念を得たつもりでいたのだが、しかし活動映画・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・ 私が先月十五日の夜晩餐の招待を受けた時、先生に国へ帰っても朋友がありますかと尋ねたら、先生は南極と北極とは別だが、ほかのところならどこへ行っても朋友はいると答えた。これはもとより冗談であるが、先生の頭の奥に、区々たる場所を超越した世界・・・ 夏目漱石 「ケーベル先生の告別」
・・・「又三郎さん北極だの南極だのおべだな。」 一郎は又三郎に話させることになれてしまって斯う云って話を釣り出そうとしました。 すると又三郎は少し馬鹿にしたように笑って答えました。「ふん、北極かい。北極は寒いよ。」 ところが耕・・・ 宮沢賢治 「風野又三郎」
出典:青空文庫