・・・「ナニ、車夫の野郎、又た博奕に敗けたから少し貸してくれろと言うんだ。……要領を得ないたア何だ! 大に要領を得ているじゃアないか、君等は牛肉党なんだ、牛肉主義なんだ、僕のは牛肉が最初から嗜きなんだ、主義でもヘチマでもない!」「大に賛成・・・ 国木田独歩 「牛肉と馬鈴薯」
・・・芸者、芸人、鳶者、芝居の出方、博奕打、皆近世に関係のない名ばかりである。 自分はふと後を振向いた。梅林の奥、公園外の低い人家の屋根を越して西の大空一帯に濃い紺色の夕雲が物すごい壁のように棚曳き、沈む夕日は生血の滴る如くその間に燃えている・・・ 永井荷風 「深川の唄」
・・・雪嶺さんの子分――子分というと何だか博奕打のようでおかしいが、――まあ同人といったようなものでしょう、どうしても取り消せというのです。それが事実の問題ならもっともですけれども、批評なんだから仕方がないじゃありませんか。私の方ではこちらの自由・・・ 夏目漱石 「私の個人主義」
・・・ やせがまんをしながら博奕にまけて文なしになった独りものの男は笑いながらたどった。 パクパクになった靴にしみ通る雪水の冷たさを感じながらも男は笑いながら云った。「ナ、今日は基本がねえからまけたんだ。あした一っぱたらきすりゃあ・・・ 宮本百合子 「どんづまり」
・・・――即ち初めぶらぶらして、それから博奕を打つ人やココットの仲間に交ったりしてはならないから。彼とても男でなければならぬから。」だが、このマリアもいかにも貴族の小娘らしく競馬馬を母にねだってそれを買って貰っている。貴族の娘に生れ、そのほかの社・・・ 宮本百合子 「マリア・バシュキルツェフの日記」
・・・男達は自然に博奕を始めた。女子従業員にしても、食物の事情に変りはない。これまでの過度の労働から俄かに働かない生活がはじまり気分は散漫荒廃して、正しい健康な慰安のない街々を歩きまわった。男よりはいずれ少いに決っていた解雇手当は、闇食いで減らさ・・・ 宮本百合子 「私たちの建設」
・・・悪い博奕打ちがいか物の賽を使うように、まかないがこの男の弁当箱には秘密の印を附けているなぞと云うものがある。 木村は弁当を風炉鋪から出して、その風炉鋪を一応丁寧に畳んで、左のずぼんの隠しにしまった。そして弁当の蓋を開けて箸を取るとき、犬・・・ 森鴎外 「食堂」
出典:青空文庫