・・・ 烏帽子もともにこの装束は、織ものの模範、美術の表品、源平時代の参考として、かつて博覧会にも飾られた、鎌倉殿が秘蔵の、いずれ什物であった。 さて、遺憾ながら、この晴の舞台において、紫玉のために記すべき振事は更にない。渠は学校出の女優・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・ぬというのと、一は茶事などというものは、頗る変哲なもの、殊更に形式的なもので、要するに非常識的のものであるとなせる等である、固より茶の湯の真趣味を寸分だも知らざる社会の臆断である、そうかと思えば世界大博覧会などのある時には、日本の古代美術品・・・ 伊藤左千夫 「茶の湯の手帳」
・・・ 椿岳の浅草人形というは向島に隠棲してから後、第二博覧会の時、工芸館へ出品した伏見焼のような姉様や七福神の泥人形であって、一個二十五銭の札を附けた数十個が一つ残らず売れてしまった。伏見人形風の彩色の上からニスを塗ったのが如何にも生々しく・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・ 鴎外の博覧強記は誰も知らぬものはないが、学術書だろうが、通俗書だろうが、手当り任せに極めて多方面に渉って集めもし読みもした。或る時尋ねると、極細い真書きで精々と写し物をしているので、何を写しているかと訊くと、その頃地学雑誌に連掲中・・・ 内田魯庵 「鴎外博士の追憶」
・・・姉夫婦は義兄の知合いの家へ一晩泊って、博覧会を見物して帰るつもりで私たちより一足さきに出かけた。私たちは時間に俥で牛込の家を出た。暑い日であった。メリンスの風呂敷包みの骨壺入りの箱を膝に載せて弟の俥は先きに立った。留守は弟の細君と、私の十四・・・ 葛西善蔵 「父の葬式」
・・・それは岡崎公園にあった博覧会の朝鮮館で友人が買って来たものだった。銀の地に青や赤の七宝がおいてあり、美しい枯れた音がした。人びとのなかでは聞こえなくなり、夜更けの道で鳴り出すそれは、彼の心の象徴のように思えた。 ここでも町は、窓辺から見・・・ 梶井基次郎 「ある心の風景」
・・・二十年前に、上野の何とか博覧会を見て、広小路の牛のすき焼きを食べたと言うだけでも、田舎に帰れば、その身に相当の箔がついているものである。民衆は、これに一目をおくのだから、こたえられまい。況んや、東京で三年、苦学して法律をおさめたそのような経・・・ 太宰治 「如是我聞」
・・・ お茶の水から甲武線に乗り換えると、おりからの博覧会で電車はほとんど満員、それを無理に車掌のいる所に割り込んで、とにかく右の扉の外に立って、しっかりと真鍮の丸棒を攫んだ。ふと車中を見たかれははッとして驚いた。そのガラス窓を隔ててすぐそこ・・・ 田山花袋 「少女病」
・・・ 博覧会の工事も大分進行しているようである。これもやはりほんの一時的の建築だろうが、使っている材木を見るとなかなか五十年や百年で大きくなったとは思われないような立派なものがある。なんだか少し勿体ないような気がする。こんなものを使わなくて・・・ 寺田寅彦 「ある日の経験」
・・・ 明治二十三年であったか、父が東京の博覧会見物に行ったみやげにほんとうの幻燈器械と数十の映画を買って帰ったので、長い間の希望はついに実現されたわけであるが、妙なことにこの遂げられた希望の満足に関する記憶の濃度のほうが、かの失敗した試みに・・・ 寺田寅彦 「映画時代」
出典:青空文庫