・・・その中で何等の危害をも感ぜぬらしく見えるのは、一番恐ろしい運命の淵に臨んでいる産婦と胎児だけだった。二つの生命は昏々として死の方へ眠って行った。 丁度三時と思わしい時に――産気がついてから十二時間目に――夕を催す光の中で、最後と思わしい・・・ 有島武郎 「小さき者へ」
・・・ 実に、児童等をして、交通危害に関する恐怖より、一時なりとも解放することは、彼等の身心の発達上に及ぼす影響こそ真に大でなければならぬ。 今から、二十年ばかり前までは、市中には、まだ電車も、自動車もなかったといっていゝ。ただ馬車や、人・・・ 小川未明 「児童の解放擁護」
・・・だいいちには、どろぼうをそんなに安心させて置けば、どろぼうの猛り猛った気もゆるみ、かれは私に危害を加えるということが、万々ないであろう。それから、後日、このどろぼうが再び悪事を試み、そのとき捕えられて、牢へいれられても、私をうらむことはない・・・ 太宰治 「春の盗賊」
・・・権威の大なる危害はここにあるのである。このような実例は科学史上枚挙に暇ないほどである。ニュートンが光の微粒子説を主張したという事がどれだけ波動説の承認を妨げたかは人の知る所である。またラプラスが熱を物質視したためにエネルゲチックの進歩を阻害・・・ 寺田寅彦 「科学上における権威の価値と弊害」
・・・ 芋虫などは人間に対して直接にはなんらの危害を与えるものでもなし、考えようではなかなかかわいいまた美しい小動物であるのに、どうしてこれが、この虫に対しては比較にならぬほど大きくて強い人間にこうした畏怖に似た感情を吹き込むかがどうしてもわ・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・「私は運転手を五、六年した経験で、あの電車は当時の状況からみて、『一たん停止』の辺で脱線すると信じ、本線その他に危害がおこるとは考えていませんでした。」この面会で、竹内被告は一人の労働者として、また妻の心を思いやり、五人の子供たちの将来を考・・・ 宮本百合子 「それに偽りがないならば」
・・・そうしたってプロテスタント教がその教義史と寺院史とで毀損せられないと同じ事で、祖先崇拝の教義や機関も、特にそのために危害を受ける筈はない。これだけの事を完成するのは、極て容易だと思うと、もうその平明な、小ざっぱりした記載を目の前に見るような・・・ 森鴎外 「かのように」
出典:青空文庫