・・・劫初以来人の足跡つかぬ白雲落日の山、千古斧入らぬ蓊鬱の大森林、広漠としてロシアの田園を偲ばしむる大原野、魚族群って白く泡立つ無限の海、ああこの大陸的な未開の天地は、いかに雄心勃々たる天下の自由児を動かしたであろう。彼らは皆その住み慣れた祖先・・・ 石川啄木 「初めて見たる小樽」
時。 現代、初冬。場所。 府下郊外の原野。人物。 画工。侍女。 貴夫人。老紳士。少紳士。小児五人。 ――別に、三羽の烏。小児一 やあ、停車場の方の、・・・ 泉鏡花 「紅玉」
・・・その他はただ青き山と原野なり。人煙の稀少なること北海道石狩の平野よりも甚し。 と言われたる、遠野郷に、もし旅せんに、そこにありてなおこの言をなし得んか。この臆病もの覚束なきなり。北国にても加賀越中は怪談多く、山国ゆえ、中にも天狗の話・・・ 泉鏡花 「遠野の奇聞」
・・・一脈故郷の空や、原野と、ながめの相通ずるものがあるがためである。 初期のロマンチストを目して、笑うことはできぬ。英国の山川詩人が、故郷の自然を愛したのは、清純な魂によってである。スコットランドの素朴な風景や、居酒屋に集る人々等は、バーン・・・ 小川未明 「彼等流浪す」
・・・それがまたじつに武蔵野に一種の特色を与えていて、ここに自然あり、ここに生活あり、北海道のような自然そのままの大原野大森林とは異なっていて、その趣も特異である。 稲の熟するころとなると、谷々の水田が黄ばんでくる。稲が刈り取られて林の影が倒・・・ 国木田独歩 「武蔵野」
・・・農民は原野に境界の杙を打ち、其処を耕して田畑となした時、地主がふところ手して出て来て、さて嘯いた。「その七割は俺のものだ。」また、商人は倉庫に満す物貨を集め、長老は貴重な古い葡萄酒を漁り、公達は緑したたる森のぐるりに早速縄を張り廻らし、そこ・・・ 太宰治 「心の王者」
・・・と云うので、教えられたままにそこから直角に曲って南へ正しい街道を求めながら人気の稀な多摩の原野を疾走した。広大な松林の中を一直線に切開いた道路は実に愉快なちょっと日本ばなれのした車路で、これは怪我の功名意外の拾い物であった。 帰路は夕日・・・ 寺田寅彦 「異質触媒作用」
・・・それはとにかくアフリカ映画でこれらのたくさんな動物の群れの中に交じった少数な人間の群れを見ると、アフリカの原野では少なくとも動物も人間も対等の存在であるという感じがする。それをいわゆる文明人が出かけて行って単なる娯楽のためにムザムザ殺すのが・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・それで彼の一神教的哲学は茫漠たるロシアの単調の原野の民には誠に恰好なものであり、満洲や支那の平野に極めてふさわしいものでなければならない。彼等の国には火山などは一つもないのである。これに反してエトナ、ヴェスヴィオ、ストロンボリ以下多数の火山・・・ 寺田寅彦 「札幌まで」
・・・ ベルリンの郊外でまだ家のちっとも建たない原野に、道路だけが立派にみがいたアスファルト張りにできあがって、美術的なランプ柱が行列しているのを、少しばかばかしいようにも感じたのであったが、やっぱりああしなければこうなるのは当たりまえだと思・・・ 寺田寅彦 「写生紀行」
出典:青空文庫