・・・足くびの時なぞは、一応は職業行儀に心得て、太脛から曲げて引上げるのに、すんなりと衣服の褄を巻いて包むが、療治をするうちには双方の気のたるみから、踵を摺下って褄が波のようにはらりと落ちると、包ましい膝のあたりから、白い踵が、空にふらふらとなり・・・ 泉鏡花 「怨霊借用」
・・・……双方の御親属に向って、御縁女の純潔を更めて確証いたします。室内の方々も、願わくはこの令嬢のために保証にお立ちを願いたいのです。 余り唐突な狼藉ですから、何かその縁組について、私のために、意趣遺恨でもお受けになるような前事が有るかとお・・・ 泉鏡花 「革鞄の怪」
・・・ と一基の石塔の前に立並んだ、双方、膝の隠れるほど草深い。 実際、この卵塔場は荒れていた。三方崩れかかった窪地の、どこが境というほどの杭一つあるのでなく、折朽ちた古卒都婆は、黍殻同然に薙伏して、薄暗いと白骨に紛れよう。石碑も、石塔も・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・機に触れて交換する双方の意志は、直に互いの胸中にある例の卵に至大な養分を給与する。今日の日暮はたしかにその機であった。ぞっと身振いをするほど、著しき徴候を現したのである。しかし何というても二人の関係は卵時代で極めて取りとめがない。人に見られ・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・あの会合は本尊が私設外務大臣で、双方が探り合いのダンマリのようなもんだったから、結局が百日鬘と青隈の公卿悪の目を剥く睨合いの見得で幕となったので、見物人はイイ気持に看惚れただけでよほどな看功者でなければドッチが上手か下手か解らなかった。あア・・・ 内田魯庵 「二葉亭追録」
・・・と軽い笑で、双方とも役者が悪くないから味な幕切を見せたのでした。 海には遊船はもとより、何の舟も見渡す限り見えないようになっていました。吉はぐいぐいと漕いで行く。余り晩くまでやっていたから、まずい潮になって来た。それを江戸の方に向って漕・・・ 幸田露伴 「幻談」
・・・そこで唐君兪は遂に真鼎を出して、贋鼎に比べて視せた。双方とも立派なものではあるが、比べて視ると、神彩霊威、もとより真物は世間に二ツとあるべきでないところを見わした。しかし杜九如も前言の手前、如何ともしようとはいわなかった。つまり模品だという・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・ 氏はまた蒲公英少しと、蕗の晩れ出の芽とを採ってくれた。双方共に苦いが、蕗の芽は特に苦い。しかしいずれもごく少許を味噌と共に味わえば、酒客好みのものであった。 困ったのは自分が何か採ろうと思っても自分の眼に何も入らなかったことであっ・・・ 幸田露伴 「野道」
・・・という声は双方から一緒に出た。相川の周囲は遽然賑かに成った。「原君、御紹介しましょう」と相川は青木の方を指して、「青木君――大学の英文科に居られる」「ああ、貴方が青木さんですか。御書きに成ったものは克く雑誌で拝見していました」と原は・・・ 島崎藤村 「並木」
・・・死ぬるどころか、双方かすり疵一つ受けないことだって在り得る。たいてい、そんなところだろう。死ぬるなんて、並たいていの事ではない。どうして私は、事態の最悪の場合ばかり考えたがるのだろう。ああ、けさは女房も美しい。ふびんな奴だ。あいつは、私を信・・・ 太宰治 「女の決闘」
出典:青空文庫