・・・が、同時にまたその顔には、貴族階級には珍らしい、心の底にある苦労の反映が、もの思わしげな陰影を落していた。私は先達ても今日の通り、唯一色の黒の中に懶い光を放っている、大きな真珠のネクタイピンを、子爵その人の心のように眺めたと云う記憶があった・・・ 芥川竜之介 「開化の良人」
最近は、政治的に行きつまり、経済的にも、また行きつまっている様な気がする。その反映は文芸の上にも現われていないことはない。だが、この時にこそ、文芸は、展開せられるのでもある。我々は、常に、思想の自由を有している。空想し、想像することの・・・ 小川未明 「自由なる空想」
・・・即ち、彼等の親達もしくは主人が、社会から受ける物質上、または精神上の貧困と絶望とは、無邪気な子供等にまで、いたましく反映するのを阻止することはできなかったでしょう。 しかし、厳密にいえば、健全なる家庭生活以外には、家族制度の基礎がありと・・・ 小川未明 「近頃感じたこと」
・・・しかし、たゞ、それは、自然の意志の反映なのである。即ち、自然なるが故に、自由なのである。言い換えれば自然は、自由そのものであるからだ。 雲に思いを寄せ、追懐と讃美を恣にしたものは、いくばくの放浪者や、ロマンチストだけではなかった。シェレ・・・ 小川未明 「常に自然は語る」
・・・――燈火を赤く反映している夜空も、そのなかにときどき写る青いスパークも。……しかしどこかからきこえて来た軽はずみな口笛がいまのソナタに何回も繰り返されるモティイフを吹いているのをきいたとき、私の心が鋭い嫌悪にかわるのを、私は見た。 休憩・・・ 梶井基次郎 「器楽的幻覚」
・・・汚れた手拭の上へ載せてみたりマントの上へあてがってみたりして色の反映を量ったり、またこんなことを思ったり、 ――つまりはこの重さなんだな。―― その重さこそ常づね尋ねあぐんでいたもので、疑いもなくこの重さはすべての善いものすべての美・・・ 梶井基次郎 「檸檬」
・・・ことにこの盲人はそのむさくるしい姿に反映してどことなく人品の高いところがあるので、なおさら自分の心を動かした、恐らく聴いている他の人々も同感であったろうと思う。その吹き出づる哀楽の曲は彼が運命拙なき身の上の旧歓今悲を語るがごとくに人々は感じ・・・ 国木田独歩 「女難」
・・・マルクスはさらに進んで意識を自然の反映であるとし、道徳は経済関係の上部構造としての二次的のものにすぎないとした。生産関係はそれに内存する必然法則により発展して最後に幸福な社会を産み出す力があるとする。ブルジョア社会の道徳はその階級にのみ妥当・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・不思議な農民の生活、合法無産政党を以て労農提携の問題をごま化し去ろうとする社会民主主義者共の偽まんを突破して真に階級性を持った提携に向って進んでいる貧農大衆の闘争等については、まだ全くわれ/\の文学に反映さしてはいない。 しかし、この問・・・ 黒島伝治 「農民文学の問題」
・・・そして、これは明治時代の作家の、そのかなり大部分のイデオロギーにも反映せずにはいなかった。殊に、明治に於ける文学運動のなかでも歴史的に最も意義のある自然主義運動の選ばれた代表者、国木田独歩、田山花袋についてそれを見出すことが出来る。勿論、自・・・ 黒島伝治 「明治の戦争文学」
出典:青空文庫