・・・と、大宅太郎光国の恋女房が、滝夜叉姫の山寨に捕えられて、小賊どもの手に松葉燻となる処――樹の枝へ釣上げられ、後手の肱を空に、反返る髪を倒に落して、ヒイヒイと咽んで泣く。やがて夫の光国が来合わせて助けるというのが、明晩、とあったが、翌晩もその・・・ 泉鏡花 「国貞えがく」
・・・髯の根をうんと抑えて、ぐいと抜くと、毛抜は下へ弾ね返り、顋は上へ反り返る。まるで器械のように見える。「あれは何日掛ったら抜けるだろう」と碌さんが圭さんに質問をかける。「一生懸命にやったら半日くらいで済むだろう」「そうは行くまい」・・・ 夏目漱石 「二百十日」
・・・――シーワルドの眉は毛虫を撲ちたるが如く反り返る。――櫓の窓から黒烟りが吹き出す。夜の中に夜よりも黒き烟りがむくむくと吹き出す。狭き出口を争うが為めか、烟の量は見る間に増して前なるは押され、後なるは押し、並ぶは互に譲るまじとて同時に溢れ出ず・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
出典:青空文庫