・・・だが、小作料のことから、田畑は昨秋、収穫をしたきりで耕されず、雑草が蔓るまゝに放任されていた。谷間には、稲の切株が黒くなって、そのまゝ残っていた。部落一帯の田畑は殆んど耕されていなかった。小作人は、皆な豚飼いに早替りしていた。 たゞ、小・・・ 黒島伝治 「豚群」
神坂も今は秋の収穫でいそがしくもまた楽しい時と思います。 ことしの秋は、柳ちゃんを連れて神坂の土を踏みたいとは、かねてから楽しみにしていたことでしたが、いろいろの都合で十一月の初めごろに出かけることはちょっとむつかしく・・・ 島崎藤村 「再婚について」
・・・もっとも、太郎から手紙で書いてよこしたように、これは特別な農作の場合で、毎年の収穫の例にはならない。二度目は、一反九畝九歩ほどの田をあてがった。そうそうは太郎一人の力にも及ぶまいから、このほうはあの子の村の友だちと二人の共同経営とした。地租・・・ 島崎藤村 「分配」
・・・一日の労苦は、そのまま一日の収穫である。「思い煩うな。空飛ぶ鳥を見よ。播かず。刈らず。蔵に収めず。」 骨のずいまで小説的である。これに閉口してはならない。無性格、よし。卑屈、結構。女性的、そうか。復讐心、よし。お調子もの、またよし。怠惰・・・ 太宰治 「一日の労苦」
・・・ けれども、日本の文学が、そのために、一つの重大な収穫を得たのである。 第四巻 れいに依って、発表の年代順に、そうして著者みずからのその作品に対する愛着の程をも考慮し、この巻には以上の如き作品を収録することにした・・・ 太宰治 「『井伏鱒二選集』後記」
・・・父の北海道旅行の収穫である。およそ二十枚くらい画いて来たのだが、仙之助氏には、その中でもこの小さい雪景色の画だけが、ちょっと気にいっていたので、他の二十枚程の画は、すぐに画商に手渡しても、その一枚だけは手許に残して、アトリエの壁に掛けて置い・・・ 太宰治 「花火」
・・・が実ってやがてそのさくが開裂した純白な綿の団塊を吐く、うすら寒い秋の暮れに祖母や母といっしょに手んでに味噌こしをさげて棉畑へ行って、その収穫の楽しさを楽しんだ。少しもう薄暗くなった夕方でも、このまっ白な綿の団塊だけがくっきり畑の上に浮き上が・・・ 寺田寅彦 「糸車」
・・・そうしてそのあとに豊富な果樹の収穫の山の中に死んで行く「過去」の老翁の微笑が現われ、あるいはまた輝く向日葵の花のかたわらに「未来」を夢みる乙女の凝視が現われる。これらは立派な連句であり俳諧である。 しかしこれらの一つ一つのシーンは多くの・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・という合い言葉が合理的でまた目的にかなうものだということは、この旗じるしを押し立てて進んで来た近代科学の収穫の豊富さを見ても明白である。科学はたよりない人間の官能から独立した「科学的客観的人間」の所得となって永遠の落ちつき所に安置されたよう・・・ 寺田寅彦 「感覚と科学」
・・・若い時分に大酒をのんで無茶な不養生をすれば頭やからだを痛めて年取ってから難儀することは明白でも、そうして自分にまいた種の収穫時に後悔しない人はまれである。 大津波が来るとひと息に洗い去られて生命財産ともに泥水の底に埋められるにきまってい・・・ 寺田寅彦 「災難雑考」
出典:青空文庫