・・・骨董品というほどでなくても、三越等の陳列棚で見る新出来の品などから比較して考えてみても、六円というのはおそらく多くの蒐集者にとっては安いかもしれない。しかし私はなんだか自分などの手に触るべからざる贅沢なものに触れたような気がしたので、急いで・・・ 寺田寅彦 「ある日の経験」
・・・ ニュールンベルグの古城で、そこに収集された昔の物すごい刑具の類を見物した事がある。名高い「鉄の処女」の前で説明をしていた案内者はまだうら若い女であった。いったいに病身らしくて顔色も悪く、なんとなく陰気な容貌をしていた。見物人中の学生ふ・・・ 寺田寅彦 「案内者」
・・・西洋人の書いた、浮世絵に関する若干の書物のさし絵、それも大部分は安っぽい網目版の複製について、多少の観察をしたのと、展覧会や収集家のうちで少数の本物を少し念入りにながめたくらいのものである。それだけの地盤の上に、それだけの材料でなんらかの考・・・ 寺田寅彦 「浮世絵の曲線」
・・・ こんな風に、先生の御遺族や、また御弟子達の思いも付かない方面に隠れ埋もれた資料が存外沢山あるかもしれない、そういうのは今のうちに蒐集しなければもはや永久に失われてしまうのではないかと思われる。 そういう例としてはまた次のようなこと・・・ 寺田寅彦 「埋もれた漱石伝記資料」
・・・もしいるとすればこれに遭遇したという人の記述をできるだけ多く収集したいものである。読者の中でもしなんらかの資料を供給されるならば大幸である。 寺田寅彦 「怪異考」
・・・この点において骨董趣味はまたいわゆる蒐集趣味と共有な点がある。マッチの貼紙や切手を集めあるいはボタンを集め、達磨を集め、甚だしきは蜜柑の皮を蒐集するがごとき、これらは必ずしも時代の新旧とは関係はないが、珍しいものを集めて自ら楽しみ人に誇ると・・・ 寺田寅彦 「科学上の骨董趣味と温故知新」
・・・一国の首都がその権勢と富貴とに自から蒐集する凡ての物は、皆ここに陳列せられてある。われわれは新しい流行の帽子を買うためにも、遠い国から来た葡萄酒を買うためにも、無論この銀座へ来ねばならぬが、それと同時に、有楽座などで聞く事を好まない「昔」の・・・ 永井荷風 「銀座」
・・・当時巴里に於て、一邦人が独力にしてマネエ、ロダンの如き巨匠の製作品と、又江戸浮世絵の蒐集品とを仏蘭西人の手より買取ったことがあった。是亦戦争の余沢である。オペラは帝国劇場を主管する山本氏の斡旋に依って邦人の前に演奏せられ、仏蘭西近世の美術品・・・ 永井荷風 「帝国劇場のオペラ」
・・・浮世絵並に江戸出版物の蒐集に耽ったのもこの時分が最も盛であった。 浮世絵の事をここに一言したい。わたくしが浮世絵を見て始て芸術的感動に打たれたのは亜米利加諸市の美術館を見巡っていた時である。さればわたくしの江戸趣味は米国好事家の後塵を追・・・ 永井荷風 「正宗谷崎両氏の批評に答う」
・・・しかし疎懶なるわたくしは今日の所いまだその蒐集に着手したわけではない。折々の散歩から家に帰った後唯机辺に散乱している二、三の雑著を見て足れりとしている。これら座右の乱帙中に風俗画報社の明治三十一年に刊行した『新撰東京名所図会』なるものがある・・・ 永井荷風 「向嶋」
出典:青空文庫