・・・これが人生の神秘というもので、そういう感じがないと常識的、取引的、身の振り方をつけるための品定めのようになって恋愛のたましいがぬけるからだ。こんなふうにいうとむずかしい態度になるようだが、そこが造化のたくみで、純な娘の本能の中に、自分を保護・・・ 倉田百三 「女性の諸問題」
・・・問屋と取引のある或る宿屋では内地米三十俵も積重ねる。それを売って呉れぬかというと、これはお客に出すために買ったのだが、相場がだいぶ違うのだという。 じゃ、「闇」で買ったのかときく。いや「闇」じゃないんだがという。──どうだかあやしいもの・・・ 黒島伝治 「外米と農民」
・・・日本国は堺の商人、商人の取引、二言は無いと申したナ。木沢殿所持の宝物は木沢殿から頂戴して遣わす。宜いではござらぬか、木沢殿。失礼ながら世に宝物など申すは、いずれ詰らぬ、下らぬもの。心よく呉れて遣って下されい。我等同志がためになり申す。……黙・・・ 幸田露伴 「雪たたき」
・・・お三輪が小竹の隠居と言われる時分には、旦那は疾くにこの世にいない人で、店も守る一方であったが、それでも商法はかなり手広くやり、先代が始めた上海の商人との取引は新七の代までずっと続いていた。 お三輪は濃い都会の空気の中に、事もなく暮してい・・・ 島崎藤村 「食堂」
・・・お爺さんは一代のうちに蔵をいくつも建てたような手堅い商人であったが、総領の子息にはいちばん重きを置いたと見えて、長いことかかって自分で経営した網問屋から、店の品物から、取引先の得意までつけてそっくり子息にくれた。ところが子息は、お爺さんから・・・ 島崎藤村 「分配」
・・・彼はこの女と、ほんの二、三度、闇の物資の取引きをした事があるだけだが、しかし、この女の鴉声と、それから、おどろくべき怪力に依って、この女を記憶している。やせた女ではあるが、十貫は楽に背負う。さかなくさくて、ドロドロのものを着て、モンペにゴム・・・ 太宰治 「グッド・バイ」
・・・ウィイン市内で金貸業をしているものは多いが、一人としてポルジイと取引をしたことのないものはない。いざ金がいるとなると、ポルジイはどんな危険な相談にでも乗る。お負にそれを洒々落々たる態度で遣って除ける。ある時ポルジイはプリュウンという果の干し・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
・・・ 主人公の老富豪が取引所の柱の陰に立って乾坤一擲の大賭博を進行させている最中に、従僕相手に五十銭玉一つのかけをするくだりがある。そのかけにも老主人が勝ってそうしてすまして相手の銭をさらって、さて悠々と強敵と手詰めの談判に出かけるところに・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(4[#「4」はローマ数字、1-13-24])」
・・・しかし、この機構の背後には色々の人間がさまざまの用談をし取引を進行させており、あらゆる思惟と感情の流れが電流の複雑な交錯となってこの交換台に集散しているのである。 現象を記載するだけが科学の仕事だというスローガンがしばしば勘違いに解釈さ・・・ 寺田寅彦 「雑記帳より(2[#「2」はローマ数字、1-13-22])」
・・・現に科学者哲学者などは直接世間と取引しては食って行けないからたいていは政府の保護の下に大学教授とか何とかいう役になってやっと露命をつないでいる。芸術家でも時に容れられず世から顧みられないで自然本位を押し通す人はずいぶん惨澹たる境遇に沈淪して・・・ 夏目漱石 「道楽と職業」
出典:青空文庫