・・・だから私の量見じゃ、取り換えた方が好いだろうと思うのさ。」「ええ、そりゃその方が好いでしょう。お父さんにそう云って、――」 洋一はあんな看護婦なぞに、母の死期を数えられたと思うと、腹が立って来るよりも、反って気がふさいでならないのだ・・・ 芥川竜之介 「お律と子等と」
・・・妻は二つになる男の子のおむつを取り換えているらしかった。子供は勿論泣きつづけていた。自分はそちらに背を向けながら、もう一度眠りにはいろうとした。すると妻がこう云った。「いやよ。多加ちゃん。また病気になっちゃあ」自分は妻に声をかけた。「どうか・・・ 芥川竜之介 「子供の病気」
・・・今も申し上げた通り、私たちは新民屯へ、紙幣を取り換えに出かけて来たのです。御覧下さい。ここに紙幣もあります。」 髯のある男は平然と、将校たちの顔を眺め廻した。参謀はちょいと鼻を鳴らした。彼は副官のたじろいだのが、内心好い気味に思われたの・・・ 芥川竜之介 「将軍」
・・・では?第二の盗人 わたしはこのマントルの代りに、そのマントルを頂きましょう。第一の盗人と第三の盗人 わたしたちも申し分はありません。王子 そうか。では取り換えて貰おう。王子はマントル、剣、長靴等を取り換えた後、また馬の上・・・ 芥川竜之介 「三つの宝」
・・・ ああ、それがため足場を取っては、取替えては、手を伸ばす、が爪立っても、青い巾を巻いた、その振分髪、まろが丈は……筒井筒その半にも届くまい。 三 その御手洗の高い縁に乗っている柄杓を、取りたい、とまた稚児がそ・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・……今朝三階の座敷を、ここへ取り替えない前に、ちと遠いが、手水を取るのに清潔だからと女中が案内をするから、この離座敷に近い洗面所に来ると、三カ所、水道口があるのにそのどれを捻っても水が出ない。さほどの寒さとは思えないが凍てたのかと思って、谺・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・まるで七年薬草の匂いの褐くしみこんだその部屋の畳を新しく取り替えて、蚊帳をつると、あらためて寺田屋は夫婦のものだった。登勢は風呂場で水を浴びるのだった。汗かきの登勢だったが、姑をはばかって、ついぞこれまでそんなことをしたことはなく、今は誰は・・・ 織田作之助 「螢」
・・・「中西の宿はずいぶんしみったれているが、彼奴よく辛抱して取り換えないね。」と大森は封筒へあて名を書きながら言った。「常旅宿となると、やっぱり居ごこちがいいからサ」と客は答えて、上着を引き寄せ、片手を通しながら「君、大将に会ったら例の・・・ 国木田独歩 「疲労」
・・・太郎はまたこの新築した二階の部屋で初めての客をするという顔つきで、冷めた徳利を集めたり、それを熱燗に取り替えて来たりして、二階と階下の間を往ったり来たりした。「太郎さんも、そこへおすわり。」と、私は言った。「森さんのおかあさんが丹精して・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・女主人公が穴蔵へ引っ込んだあとへイルマが蠅取り紙を取り換えに来る、それをながめていたおやじの、暑さでうだった頭の中に獣性が目ざめて来る。かすかな体臭のようなものが画面にただよう。すると、おやじはのそのそ立ち上がり、「氷を持って来い」といいす・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(4[#「4」はローマ数字、1-13-24])」
出典:青空文庫