・・・彼女はそれでも気にせずにボオイの取り次ぎに任かせて措いた。が、ボオイはどこへ行ったか、容易に姿を現さない。ベルはその内にもう一度鳴った。常子はやっと長椅子を離れ、静かに玄関へ歩いて行った。 落ち葉の散らばった玄関には帽子をかぶらぬ男が一・・・ 芥川竜之介 「馬の脚」
・・・そこで取次ぎに出て来た小厮に、ともかくも黄一峯の秋山図を拝見したいという、遠来の意を伝えた後、思白先生が書いてくれた紹介状を渡しました。 すると間もなく煙客翁は、庁堂へ案内されました。ここも紫檀の椅子机が、清らかに並べてありながら、冷た・・・ 芥川竜之介 「秋山図」
・・・自ら進んで省作との間に文通も取り次ぎ、時には二人を逢わせる工夫もしてやった。 おとよはどんな悲しい事があっても、つらい事があっても、省作の便りを見、まれにも省作に逢うこともあれば、悲しいもつらいも、心の底から消え去るのだから、よそ目に見・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・そこへはばかるような小さい跫音がして、取り次ぎの女中兼看護婦が入ってきて、「患者がみえましたが。」と、告げました。「だれだ? 初診のものか。」と、院長は、目を光らしました。「はい、はじめての方で、よほどお悪いようなのでございます・・・ 小川未明 「三月の空の下」
・・・お絹お常のまめまめしき働きぶり、幸衛門の発句と塩、神主の忰が新聞の取り次ぎ、別に変わりなく夏過ぎ秋逝きて冬も来にけり。身を切るような風吹きて霙降る夜の、まだ宵ながら餅屋ではいつもよりも早く閉めて、幸衛門は酒一口飲めぬ身の慰藉なく堅い男ゆえ炬・・・ 国木田独歩 「置土産」
・・・奥さまは、もとからお客に何かと世話を焼き、ごちそうするのが好きなほうでしたが、いいえ、でも、奥さまの場合、お客をすきというよりは、お客におびえている、とでも言いたいくらいで、玄関のベルが鳴り、まず私が取次ぎに出まして、それからお客のお名前を・・・ 太宰治 「饗応夫人」
・・・ 若い男の西洋人が取り次ぎに出た。書斎のような所へ通されると、すぐにケーベルさんが出て来た。上着もチョッキも着ないで、ワイシャツのままで出て来た。そしていきなり大きな葉巻き煙草を出して自分にも吸いつけ私にもすすめた。 ドイツ語は少し・・・ 寺田寅彦 「二十四年前」
・・・ 四 去年の夏であったか、ある朝玄関へだれか来たようだと思っていると、女中が出ての取り次ぎによると「俳句をおやりになるAさんというかたがお見えになりました」というのである。聞いたことのない名前である。出て見るとまだ若・・・ 寺田寅彦 「俳諧瑣談」
・・・彼の妻で、知名なダンサーであるラタン・デビーのことなどをきいているところへ、女中が名刺を取次ぎ、一人の客を案内して来た。その顔を何心なく見、“Glad to see you”と云いながら、自分は思いがけない心地がした。 この人は、先赤門・・・ 宮本百合子 「思い出すこと」
出典:青空文庫