・・・えてくれ、政夫……お前に一言の話もせず、たっていやだと言う民子を無理に勧めて嫁にやったのが、こういうことになってしまった……たとい女の方が年上であろうとも本人同志が得心であらば、何も親だからとて余計な口出しをせなくもよいのに、この母が年甲斐・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・おれは言いだしたら引くのはいやだから、なるべく人の事に口出しせまいと思ってると言いつつ、あまり世間へ顔出しもせず、家の事でも、そういうつもりか若夫婦のやる事に容易に口出しもせぬ。そういう人であるから、自分の言ったことが、聞かれないと執念深く・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・金八は蝶子の駈落ち後間もなく落籍されて、鉱山師の妾となったが、ついこの間本妻が死んで、後釜に据えられ、いまは鉱山の売り買いに口出しして、「言うちゃ何やけど……」これ以上の出世も望まぬほどの暮しをしている。につけても、想い出すのは、「やっぱり・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・そして、何となしほかのひとのことに口出しをするのが面映ゆくなくなるような心理の傾きは興味ふかく注意をひかれる。 街の風景に列のある時代の空気は、ものの考えかた感じかたにも列のような癖をつけて、専門外のことへも専門外の人間が口出しをして一・・・ 宮本百合子 「列のこころ」
出典:青空文庫