・・・――優しい人の言う事は、よくよく身に染みて覚えたと見えて、まるで口移しに諳誦をするようにここで私に告げたんだ。が、一々、ぞくぞく膚に粟が立った。けれども、その婦人の言う、謎のような事は分らん。 そりゃ分らんが、しかし詮ずるに火事がある一・・・ 泉鏡花 「朱日記」
・・・ 大通へ抜ける暗がりで、甘く、且つ香しく、皓歯でこなしたのを、口移し…… 九 宗吉が夜学から、徒士町のとある裏の、空瓶屋と襤褸屋の間の、貧しい下宿屋へ帰ると、引傾いだ濡縁づきの六畳から、男が一人摺違いに出て行・・・ 泉鏡花 「売色鴨南蛮」
・・・きって引き寄せんとするをお夏は飛び退きその手は頂きませぬあなたには小春さんがと起したり倒したり甘酒進上の第一義俊雄はぎりぎり決着ありたけの執心をかきむしられ何の小春が、必ずと畳みかけてぬしからそもじへ口移しの酒が媒妁それなりけりの寝乱れ髪を・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
出典:青空文庫