・・・日本全国、どこの城下も町は新しく変わり、士族小路は古く変わるのが例であるが岩――もその通りで、町の方は新しい建物もでき、きらびやかな店もできて万、何となく今の世のさまにともなっているが、士族屋敷の方はその反対で、いたるところ、古い都の断礎の・・・ 国木田独歩 「河霧」
・・・ これらは不幸な、あるいは酬いられぬ恋であったとはいえ、恋を通して人間の霊魂の清めと高めとの雛型である。古くはあるが常に新しい――永遠の物語である。 恋には色濃い感覚と肉体と情緒とがなくてはならぬ。それは日本の娘の特色である。この点・・・ 倉田百三 「女性の諸問題」
・・・お品は、三四年前に買った肩掛けが古くなったから、新しいのをほしがった。 清吉は、台所で、妻と二人きりになると、「ひとつ山を伐ろう。」と云いだした。 お里はすぐ賛成した。 山の団栗を伐って、それを薪に売ると、相当、金がはいるの・・・ 黒島伝治 「窃む女」
・・・中古の頃この宮居のいと栄えさせたまいしより大宮郷というここの称えも出で来りしなるべく、古くは中村郷といいしとおぼしく、『和名抄』に見えたるそのとなえ今も大宮の内の小名に残れりという。この祠の祭の行わるるときは、御花圃とよぶところにて口々に歌・・・ 幸田露伴 「知々夫紀行」
・・・しかし狐を霊物とするのは支那にもあったことで、禹が九尾の狐を娶ったなどという馬鹿気たことも随分古くから語られたことであろうし、周易にも狐はまんざら凡獣でもないように扱われており、後には狐王廟なども所ところどころにあり、狐媚狐惑の談は雑書小説・・・ 幸田露伴 「魔法修行者」
・・・と言いまして、がたがた震えている事もあり、眠ってからも、うわごとを言うやら、呻くやら、そうして翌る朝は、魂の抜けた人みたいにぼんやりして、そのうちにふっといなくなり、それっきりまた三晩も四晩も帰らず、古くからの夫の知合いの出版のほうのお方が・・・ 太宰治 「ヴィヨンの妻」
・・・だいたい日本のどの辺に多くいるのか、それはあのシーボルトさんの他にも、和蘭人のハンデルホーメン、独逸人のライン、地理学者のボンなんて人も、ちょいちょい調べていましたそうで、また日本でも古くは佐々木忠次郎とかいう人、石川博士など実地に深山を歩・・・ 太宰治 「黄村先生言行録」
・・・材料がだんだん古く黴が生えていくような気がする。それに、新しい思潮が横溢して来たその時では、その作の基調がロマンチックでセンチメンタルにかたよりすぎている。『生』『妻』と段々調子が低く甘くなっていっているのに、またこのセンチメンタルな作では・・・ 田山花袋 「『田舎教師』について」
・・・もっとも対象はいくら古くても、目と腕とが新しければ、いくらでも新しい「発見」はできるはずだろうが、私の見たできばえでは、そうでもなさそうであった。 あの睡蓮は近ごろのものである。もとは河骨のようなものと、もう一種の浮き草のようなものがあ・・・ 寺田寅彦 「池」
・・・としての蛆の功労は古くから知られていた。 戦場で負傷したきずに手当てをする余裕がなくて打っちゃらかしておくと、化膿してそれに蛆が繁殖する。その蛆がきれいに膿をなめつくしてきずが癒える。そういう場合のあることは昔からも知られていたであろう・・・ 寺田寅彦 「蛆の効用」
出典:青空文庫