・・・「これは、古道具屋で見つけたのです。こんなふざけた書家もあるものかとおどろいて、三十銭かいくらで買いました。文句も北斗七星とばかりでなんの意味もないものですから気にいりました。私はげてものが好きなのですよ。」 僕は青扇をよっぽど傲慢な男・・・ 太宰治 「彼は昔の彼ならず」
・・・ それから古道具屋などの多い町を通って、二人は川の縁へ出てきた。道太が小さい時分、泳ぎに来たり魚を釣ったりした川で、今も多勢子供が水に入っていた。岸から綸を垂れている男もあった。道太はことに無智であった自分を懐いだした。崖の上には裏口の・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・市ヶ谷饅頭谷の貧しい町を通ると、三月の節句に近いころで、幾軒となく立ちつづく古道具屋の店先には、雛人形が並べてあったのを、お房が見てわたくしの袂を引いた。ほしければ買ってやろうというと、お房はもう娘ではあるまいし、ほしくはないと言ったので、・・・ 永井荷風 「西瓜」
・・・そこから坂のほうへ二三軒行くと古道具屋がある。そのたしか隣の裏をずっとはいると、玄関構えの朽ちつくした僕の故家があった。もう今は無くなったかもしれぬ。僕の家は武田信玄の苗裔だぜ。えらいだろう。ところが一つえらくないことがあるんだ。何でも何代・・・ 夏目漱石 「僕の昔」
・・・車屋に沿うて曲って、美術床屋に沿うて曲ると、菓子屋、おもちゃ屋、八百屋、鰻屋、古道具屋、皆変りはない。去年穴のあいた机をこしらえさせた下手な指物師の店もある。例の爺さんは今しも削りあげた木を老眼にあてて覚束ない見ようをして居る。 やっち・・・ 正岡子規 「車上の春光」
・・・ なろう事なら一晩あの通りにうれてもうれないでもどうでもかまわないからあの古道具屋になって座って見たい斯んな事も思って居る。鹿の角の刀かけの上に光って居るカタナと云うものを珍らしげな又こわらしげな様子をしてのぞき込む裾のせまい着物を着た・・・ 宮本百合子 「つぼみ」
出典:青空文庫