・・・或時句作をする青年に会ったら、その青年は何処かの句会に蛇笏を見かけたと云う話をした。同時に「蛇笏と云うやつはいやに傲慢な男です」とも云った。僕は悪口を云われた蛇笏に甚だ頼もしい感じを抱いた。それは一つには僕自身も傲慢に安んじている所から、同・・・ 芥川竜之介 「飯田蛇笏」
・・・それからが病みつきでずいぶん熱心に句作をし、一週に二三度も先生の家へ通ったものである。そのころはもう白川畔の家は引き払って内坪井に移っていた。立田山麓の自分の下宿からはずいぶん遠かったのを、まるで恋人にでも会いに行くような心持ちで通ったもの・・・ 寺田寅彦 「夏目漱石先生の追憶」
・・・これは初心の句作者も知るところである。てにはただ一字の差で連歌と俳諧の差別を生じ、不易だけの句に流行の姿を生ずる。これらは例証するまでもないことである。 てにはは日本語に特有なものである。「わが国はてには第一の国」である。西洋の言語学者・・・ 寺田寅彦 「俳諧の本質的概論」
・・・そうしてこの困難に当面して立派なものを作り上げるには、単に句作にすぐれたメンバーがそろっただけでは不十分であって、どうしても芭蕉ほどの統率的人傑を要する理由もわかってくるであろう。 こういう点からまた私のここで仮想しているような連句の指・・・ 寺田寅彦 「連句雑俎」
・・・床前に坐らせられた正客の栖方の頭の上に、学位論文通過祝賀俳句会と書かれて、その日の兼題も並び、二十人ばかりの一座は声もなく句作の最中であった。梶と高田は曲縁の一端のところですぐ兼題の葛の花の作句に取りかかった。梶は膝の上に手帖を開いたまま、・・・ 横光利一 「微笑」
出典:青空文庫