・・・そうして婆さんの部屋の戸を力一ぱい叩き出しました。 戸は直ぐに開きました。が、日本人が中へはいって見ると、そこには印度人の婆さんがたった一人立っているばかり、もう支那人の女の子は、次の間へでも隠れたのか、影も形も見当りません。「何か・・・ 芥川竜之介 「アグニの神」
・・・すると、李小二も、いよいよ、あぶらがのって、忙しく鼓板を叩きながら、巧に一座の鼠を使いわける。そうして「沈黒江明妃青塚恨、耐幽夢孤雁漢宮秋」とか何とか、題目正名を唱う頃になると、屋台の前へ出してある盆の中に、いつの間にか、銅銭の山が出来る。・・・ 芥川竜之介 「仙人」
・・・物理書というのを力に、幼い眼を眩まして、その美しい姉様たちを、ぼったて、ぼったて、叩き出した、黒表紙のその状を、後に思えば鬼であろう。 台所の灯は、遙に奥山家の孤家の如くに点れている。 トその壁の上を窓から覗いて、風にも雨にも、ばさ・・・ 泉鏡花 「国貞えがく」
・・・とか「本叩き」といったもので。「膝摩り」というのは、丑満頃、人が四人で、床の間なしの八畳座敷の四隅から、各一人ずつ同時に中央へ出て来て、中央で四人出会ったところで、皆がひったり座る、勿論室の内は燈をつけず暗黒にしておく、其処で先ず四人の・・・ 泉鏡花 「一寸怪」
・・・ けれどもそれには答えがなく、つづけて、とん、とん、と戸を叩きました。 お婆さんは起きて来て、戸を細目にあけて外を覗きました。すると、一人の色の白い女が戸口に立っていました。 女は蝋燭を買いに来たのです。お婆さんは、少しでもお金・・・ 小川未明 「赤い蝋燭と人魚」
・・・こんなおはぐろ蜻蛉が下に降りて飛んでいることはない』と心は躍って、きっと工夫して帽子で捕えるか、細い棒で叩き落したものである。 また草の繁った中に入って、チッ、チッ、チッと啼いている虫の音を聞き澄して捕えようと焦ったものだ。自分の踏んだ・・・ 小川未明 「感覚の回生」
・・・ 爺さんは金をすっかり集めてしまうと、さっきの箱の側へ行って、その上を二つ三つコンコンと叩きました。「坊主。坊主。早く出て来て、お客様方にお礼を申し上げないか。」 爺さんがこう言いますと、箱の中でコトンという音がしました。 ・・・ 小山内薫 「梨の実」
・・・ 新聞広告代など財布を叩き破っても出るわけはなく、看板をあげるにもチラシを印刷するにもまったく金の出どころはない。万策つきて考え出したのが手刷りだ。 辛うじて木版と半紙を算段して、五十枚か百枚ずつ竹の皮でこすっては、チラシを手刷りし・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・近所に氷がありませいでなあ、夜中の二時頃、四里ほどの道を自転車で走って、叩き起こして買うたのはまあよかったやさ。風呂敷へ包んでサドルの後ろへ結えつけて戻って来たら、擦れとりましてな、これだけほどになっとった」 兄はその手つきをして見せた・・・ 梶井基次郎 「城のある町にて」
・・・と胸のなかの苦痛をそのまま掴み出して相手に叩きつけたいような癇癪が吉田には起こって来るのだった。 しかし結局はそれも「不安や」「不安や」という弱々しい未練いっぱいの訴えとなって終わってしまうほかないので、それも考えてみれば未練とは言って・・・ 梶井基次郎 「のんきな患者」
出典:青空文庫