・・・「即ち僕の願はどうにかしてこの霜を叩き落さんことであります。どうにかしてこの古び果てた習慣の圧力から脱がれて、驚異の念を以てこの宇宙に俯仰介立したいのです。その結果がビフテキ主義となろうが、馬鈴薯主義となろうが、将た厭世の徒となってこの・・・ 国木田独歩 「牛肉と馬鈴薯」
・・・ 磯が火鉢の縁を忽々叩き初めるや布団がむくむく動いていたが、やがてお源が半分布団に巻纏って其処へ坐った。前が開て膝頭が少し出ていても合そうとも仕ない、見ると逆上せて顔を赤くして眼は涙に潤み、頻りに啜泣を為ている。「どうしたと云うのだ・・・ 国木田独歩 「竹の木戸」
・・・ 今は小説を書くために、小説を書いている人間はいくらでもいるが、本当に、ペンをとってブルジョアを叩きつぶす意気を持ってかゝっている者は、五指を屈するにも足りない。僕は、トルストイや、ゴーゴリや、モリエールをよんで常に感じるのは、彼等は小・・・ 黒島伝治 「愛読した本と作家から」
・・・かつて襲われたという家を私も二軒知っているが、そのいずれもが剛慾で人の持っているものを叩き落してでも自分が肥っていこうという家であったのを見ると、海賊というものにも、たゞ者を掠めとる一点ばりでなく、復讐的な気持や、剛慾者をこらしめる気持があ・・・ 黒島伝治 「海賊と遍路」
・・・ 自分は立膝をして、物尺を持って針山の針をこつこつ叩いて、順々に少しずつ引っこませていたが、ふと叩きすぎて、一本の針を頭も見えないようにしてしまう。幸にそれにはちょっとした糸がついていたので、ぐいとその糸を引くと、針はすらりと抜ける。・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・ 佐吉さんは何も言わず、私の背中をどんと叩きました。そのまま一夏を、私は三島の佐吉さんの家で暮しました。三島は取残された、美しい町であります。町中を水量たっぷりの澄んだ小川が、それこそ蜘蛛の巣のように縦横無尽に残る隈なく駈けめぐり、清冽・・・ 太宰治 「老ハイデルベルヒ」
・・・心配していた雪もたいてい消えていて、駅のもの蔭に薄鼠いろして静かにのこっているだけで、このぶんならば山上の谷川温泉まで歩いて行けるかも知れないと思ったが、それでも大事をとって嘉七は駅前の自動車屋を叩き起した。 自動車がくねくね電光型に曲・・・ 太宰治 「姥捨」
・・・東京から遥々見送って来た安兵衛という男が、宿屋で毎日朝から酒ばかり飲んでいて、酔って来ると箸で皿を叩きながら「ノムダイシ、一升五合」(南無大師遍照金剛というのを繰返し繰返し唱えたことも想い出す。考えてみるとそれはもう五十年の昔である。 ・・・ 寺田寅彦 「箱根熱海バス紀行」
・・・先方の口から言出させて、大概の見当をつけ、百円と出れば五拾円と叩き伏せてから、先方の様子を見計らって、五円十円と少しずつせり上げ、結局七八拾円のところで折合うのが、まずむかしから世間一般に襲用された手段である。僕もこのつもりで金高を質問した・・・ 永井荷風 「申訳」
・・・その刻限になると、前座の坊主が楽屋に来るが否や、どこどんどんと楽屋の太鼓を叩きはじめる。表口では下足番の男がその前から通りがかりの人を見て、入らっしゃい、入らっしゃいと、腹の中から押出すような太い声を出して呼びかけている。わたくしは帳場から・・・ 永井荷風 「雪の日」
出典:青空文庫