・・・もし唯今茂作の身に万一の事でもございましたら、稲見の家は明日が日にも世嗣ぎが絶えてしまうのでございます。そのような不祥がございませんように、どうか茂作の一命を御守りなすって下さいまし。それも私風情の信心には及ばない事でございましたら、せめて・・・ 芥川竜之介 「黒衣聖母」
・・・「御寝なります、へい、唯今女中を寄越しまして、お枕頭もまた、」「いいえ、煙草は飲まない、お火なんか沢山。」「でも、その、」「あの、しかしね、間違えて外の座敷へでも行っていらっしゃりはしないか、気をつけておくれ。」「それは・・・ 泉鏡花 「伊勢之巻」
・・・他には唯今どうも、へい、へい。」「古くっても構わん。」 とにかく、座敷はあるので、やっと安心したように言った。 人の事は云われないが、連の男も、身体つきから様子、言語、肩の瘠せた処、色沢の悪いのなど、第一、屋財、家財、身上ありた・・・ 泉鏡花 「革鞄の怪」
・・・私が一わたり読み取ったのは、唯今の塀下ではない、ここでの事である。合せて五番。中に能の仕舞もまじって、序からざっと覚えてはいるが――狸の口上らしくなるから一々は記すまい。必要なのだけを言おう。 必要なのは――魚説法――に続く三番目に、一・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・、形の通りの道具がなければ出来ないというものでもない、利休は法あるも茶にあらず法なきも茶にあらずと云ってある位である、されば聊かの用意だにあれば、日常の食事を茶の湯式にすることは雑作もないことである、只今日の日本家庭の如く食室がなくては困る・・・ 伊藤左千夫 「茶の湯の手帳」
・・・』『二百五十メートル以内――只今計りました。』『じゃア、やれ! 沈着に発砲せい!』『よろしい!』て、二人ともずどんずどん一生懸命になって二三十発つづけざまに発砲した。之に応じて、当の目あてからは勿論、盤龍山、鷄冠山からも砲弾は雨・・・ 岩野泡鳴 「戦話」
・・・わたくしはその男の妻だと、只今まで思っていた女です。わたくしはあなたの人柄を推察して、こう思います。あなたは決して自分のなすった事の成行がどうなろうと、その成行のために、前になすった事の責を負わない方ではありますまい。またあなたは御自分に対・・・ 著:オイレンベルクヘルベルト 訳:森鴎外 「女の決闘」
・・・たゞ、家へ帰れば、その願いがとどくと信じたのに、「お母さん、只今」と、呼んでも、お母さんの返事がなかったら、その時は、どんなであろうか。二たび呼んで見る、三たび呼んで見る、その時の失望が思いやられる。それが果してお母さんに分るであろうか・・・ 小川未明 「お母さんは僕達の太陽」
・・・という題で朝っぱらから放送したが、その時私を紹介したアナウンサーは妙齢の乙女で、「只今よりエロチ……」と言いかけて私を見ると、耳の附根まで赧くなった。私は十五分の予定だったその放送を十分で終ってしまったが、端折った残りの五分間で、「皆さん、・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
・・・「お姉さま、只今、お会いしたかったわ。」 三年の間に道子はすっかり東京言葉になっていた。喜美子はうれしさに胸が温まって、暫らく口も利けず、じっと妹の顔を見つめていたが、やがて、いきなり妹の手を卒業免状と一緒に強く握りしめた、その姉の・・・ 織田作之助 「旅への誘い」
出典:青空文庫