・・・朝毎の町のどさくさはあっても、工場の笛が鳴り、汽車ががたがた云って通り、人の叫声が鋭く聞えてはいても、なんとなく都会は半ば死しているように感じられる。 フレンチの向側の腰掛には、為事着を着た職工が二三人、寐惚けたような、鼠色の目をした、・・・ 著:アルチバシェッフミハイル・ペトローヴィチ 訳:森鴎外 「罪人」
・・・このあたりにても深夜に女の叫声を聞くことは、珍しからず。佐々木氏の祖父の弟、白望に茸を採りに行きて宿りし夜、谷を隔てたるあなたの大なる森林の前を横ぎりて女の走り行くを見たり。中空を走る様に思われたり。待てちゃアと二声ばかり呼ばりたるを聞・・・ 泉鏡花 「遠野の奇聞」
・・・ 若し其処のが負傷者なら、この叫声を聴いてよもや気の付かぬ事はあるまい。してみれば、これは死骸だ。味方のかしら、敵のかしら。ええ、馬鹿くさい! そんな事は如何でも好いではないか? と、また腫はれまぶたを夢に閉じられて了った。 先・・・ 著:ガールシンフセヴォロド・ミハイロヴィチ 訳:二葉亭四迷 「四日間」
・・・そして耕吉の窓の下をも一二度、口鬚の巡査は剣と靴音とあわてた叫声を揚げながら、例の風呂敷包を肩にした、どう見ても年齢にしては発育不良のずんぐりの小僧とともに、空席を捜し迷うて駈け歩いていた。「巡査というものもじつに可愛いものだ……」耕吉は思・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・この時自分の口を衝いて出た叫声は、 天皇陛下万歳! 国木田独歩 「遺言」
・・・ 土は、老人の憐憫を求める叫声には無関心になだれ落ちた。 兵卒は、老人の唸きが聞えるとぞっとした。彼等は、土をかきこんで、それを遮断しようがために、無茶苦茶にシャベルを動かした。 土は、穴を埋め、二尺も、三尺も厚く蔽いかぶせられ・・・ 黒島伝治 「穴」
・・・近づいて来る叫声を耳にしながら、ウォルコフは考えた。「銃を出せ!」「剣を出せ!」 兵士達は、それを繰りかえしながら、金目になる金や銀でこしらえた器具が這入っていそうな、戸棚や、机の引出しをこわれるのもかまわず、引きあけた。・・・ 黒島伝治 「パルチザン・ウォルコフ」
・・・突然、もつれ合った叫声が起った。身体と身体が床の上をずる音がして、締め込みでもされているらしいつまった鈍い声が聞えた。――瞬間、今迄喧しかった監房という監房が抑えられたようにシーンとなった。俺は途中まで箸を持ちあげたまゝ、息をのんでいた。・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・そして可笑しな叫声を出した。喜びの叫声を出した。この群の男等はこの青年の真似をして、みな帽を脱いでそれを振り動かして叫んだ。なんでも我慢の出来ないほど自分達の上に加えられていた抑圧をこの叫声で跳ね退けるのではないかと思われた。「雪はもうおし・・・ 著:シュミットボンウィルヘルム 訳:森鴎外 「鴉」
・・・というすさまじい叫声を発した。 ぎょっとして、彼を見ると、彼は、「酔って来たあっ!」と喚き、さながら仁王の如く、不動の如く、眼を固くつむってううむと唸って、両腕を膝につっぱり、満身の力を発揮して、酔いと闘っている様子である。 酔・・・ 太宰治 「親友交歓」
出典:青空文庫