・・・母と二人、午飯を済まして、一時も過ぎ、少しく待ちあぐんで、心疲れのして来た時、何とも云えぬ悲惨な叫声。どっと一度に、大勢の人の凱歌を上げる声。家中の者皆障子を蹴倒して縁側へ駈け出た。後で聞けば、硫黄でえぶし立てられた獣物の、恐る恐る穴の口元・・・ 永井荷風 「狐」
・・・ 樵夫の鈍い叫声に調子づけるように、泥がブヨブヨの森の端で、重荷に動きかねる木材を積んだ荷馬を、罵ったり苛責したりする鞭の音が鋭く響く。 ト思うと、日光の明るみに戸惑いした梟を捕まえて、倒さまに羽根でぶらさげながら、陽気な若者がどこ・・・ 宮本百合子 「禰宜様宮田」
・・・小さい癖に落付き払っている粟の奴の胆を潰させようとして、太鼓は体中に力を入れてブルブル震えながら遠方もない叫声をあげてたのである。 けれども、一二度叩くと、子供はもういやだと云って打つのを止めてしまった。太鼓が余り大きな見っともない声を・・・ 宮本百合子 「一粒の粟」
・・・やはり遠吠えで、半獣的な、意味の分らない叫声を、喉の奥から心から送り出す……狂人なのだ、その女の人は。有名な精神病院の監禁室の一部が丁度此方向きになっているので、見まいとしても私の眼に、その鉄棒入りの小窓が写る。 空地があるから、一町ば・・・ 宮本百合子 「吠える」
出典:青空文庫