・・・これは舟の上に立っていて、御台場に打付ける浪の荒れ狂うような処へ鉤を抛って入れて釣るのです。強い南風に吹かれながら、乱石にあたる浪の白泡立つ中へ竿を振って餌を打込むのですから、釣れることは釣れても随分労働的の釣であります。そんな釣はその時分・・・ 幸田露伴 「幻談」
・・・ 寛げた寝衣の胸に吹き入るしぶきに身顫いをしてふと台場の方を見ると、波打際にしゃがんでいる人影が潮霧の中にぼんやり見える。熊さんだと一目で知れた。小倉の服に柿色の股引は外にはない。よべの嵐に吹き寄せられた板片木片を拾い集めているのである・・・ 寺田寅彦 「嵐」
・・・ Yの発起で芝浦のお台場を見物に行く。芝浦から日覆いをかけた発動和船。海上にポツリと浮いたお台場、青草、太陽に照っている休息所の小さなテント。此方ではカフェー・パリスと赤旗がひらひらしている。市民の遊覧、ルウソーの絵の感じであった。陽気・・・ 宮本百合子 「狐の姐さん」
・・・どこかお台場かどこかへ小さい船の出る浮棧橋まで出てみたら、モーターボートが通ると波のうねりでその小さい四角な棧橋がプワープワーと揺れてね。丸まっちい私は平気なようなこわいようなの。鶴さんは例の「百日かずら」の頭を風にふかせ、竹の御愛用ステッ・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・ そして、ひろく、はてしもなくある内海の青い色と御台場の草のみどりと白い山のような雲と、そうした気持の好いものばかりを一生県命に見つめて居る。私の目の力がいつにもまして強くなったように、向ーに、ちょっピリとうかんで居る白帆から御台場の端・・・ 宮本百合子 「つぼみ」
・・・ きっと今頃は品川のお台場にのってるよ。 何にしろもうだめだよ。と真面目腐って云って居る。「ほんとうにそうなのよきっと。と、到々あきらめて仕舞ったと云って、子供の無邪気な一つ話になって居る。 事実は、単純・・・ 宮本百合子 「二十三番地」
・・・しまいには紫川の東の川口で、旭町という遊廓の裏手になっている、お台場の址が涼むには一番好いと極めて、材木の積んであるのに腰を掛けて、夕凪の蒸暑い盛を過すことにした。そんな時には、今度東京に行ったら、三本足の床几を買って来て、ここへ持って来よ・・・ 森鴎外 「鶏」
出典:青空文庫