・・・この路を独り静かに歩むことのどんなに楽しかろう。右側の林の頂は夕照鮮かにかがやいている。おりおり落葉の音が聞こえるばかり、あたりはしんとしていかにも淋しい。前にも後ろにも人影見えず、誰にも遇わず。もしそれが木葉落ちつくしたころならば、路は落・・・ 国木田独歩 「武蔵野」
・・・ 丘の左側には汽車が通っていた。 河があった。そこには、まだ氷が張っていた。牛が、ほがほがその上を歩いていた。 右側には、はてしない曠野があった。 枯木が立っていた。解けかけた雪があった。黒い烏の群が、空中に渦巻いていた。陰・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
・・・砂糖倉は門を入ってすぐ右側にあった。頑丈な格子戸がそこについていた。主人は細かくて、やかましかった。醤油袋一枚、縄切れ五六尺でさえ、労働者が塵の中へ掃き込んだり、焼いたりしていると叱りつけた。そういう性質からして、工場へ一歩足を踏みこむと、・・・ 黒島伝治 「砂糖泥棒」
・・・すぐに銀杏の並木がある。右側に十本、左側にも十本、いずれも巨木である。葉の繁るころ、この路はうすぐらく、地下道のようである。いまは一枚の葉もない。並木路のつきるところ、正面に赤い化粧煉瓦の大建築物。これは講堂である。われはこの内部を入学式の・・・ 太宰治 「逆行」
・・・彼のすぐ右側に坐っていた寮生がいちまいの夕刊を彼のほうへのべて寄こした。五六人さきの寮生から順々に手わたしされて来たものらしい。彼はカツレツをゆっくり噛み返しつつ、その夕刊へぼんやり眼を転じた。「鶴」という一字が彼の眼を射た。ああ。おのれの・・・ 太宰治 「猿面冠者」
・・・これを見ていたとき、私のすぐ右側の席にいた四十男がずっと居眠りをつづけて、なんべんとなくその汗臭い頭を私の右肩にぶっつけようぶっつけようとしていた。全くこうした映画に全然興味をもとうという用意のない正直な観客には退屈至極な映画であろうと思わ・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(※[#ローマ数字7、1-13-27])」
・・・その原稿と色や感じのよく似た雁皮鳥の子紙に印刷したものを一枚一枚左側ページに貼付してその下に邦文解説があり、反対の右側ページには英文テキストが印刷してある。 書物の大きさは三二×四三・五センチメートルで、用紙は一枚漉きの純白の鳥の子らし・・・ 寺田寅彦 「小泉八雲秘稿画本「妖魔詩話」」
・・・ これは堤防の上を歩みながら見る右側の眺望であるが、左側を見れば遠く小工場の建物と烟突のちらばらに立っている間々を、省線の列車が走り、松林と人家とは後方の空を限る高地と共に、船橋の方へとつづいている。高地の下の人家の或処は立て込んだり、・・・ 永井荷風 「葛飾土産」
・・・ 行手の右側に神社の屋根が樹木の間に見え、左側には真暗な水面を燈火の動き走っているのが見え出したので、車掌の知らせを待たずして、白髯橋のたもとに来たことがわかる。橋快から広い新道路が東南に向って走っているのを見たが、乗合自動車はその方へ・・・ 永井荷風 「寺じまの記」
・・・ チェイン・ローは河岸端の往来を南に折れる小路でカーライルの家はその右側の中頃に在る。番地は二十四番地だ。 毎日のように川を隔てて霧の中にチェルシーを眺めた余はある朝ついに橋を渡ってその有名なる庵りを叩いた。 庵りというと物寂び・・・ 夏目漱石 「カーライル博物館」
出典:青空文庫