・・・彼は放埓を装って、これらの細作の眼を欺くと共に、併せてまた、その放埓に欺かれた同志の疑惑をも解かなければならなかった。山科や円山の謀議の昔を思い返せば、当時の苦衷が再び心の中によみ返って来る。――しかし、もうすべては行く処へ行きついた。・・・ 芥川竜之介 「或日の大石内蔵助」
・・・そこで、とうとう、女同志のつかみ合がはじまりました。「打つ。蹴る。砂金の袋をなげつける。――梁に巣を食った鼠も、落ちそうな騒ぎでございます。それに、こうなると、死物狂いだけに、婆さんの力も、莫迦には出来ませぬ。が、そこは年のちがいでござ・・・ 芥川竜之介 「運」
・・・そうしてそれが過ぎてしまえば、ふたたび他人同志になるのである。 二 むろん思想上の事は、かならずしも特殊の接触、特殊の機会によってのみ発生するものではない。我々青年は誰しもそのある時期において徴兵検査のために非常な危・・・ 石川啄木 「時代閉塞の現状」
・・・いつしか詩と私とは他人同志のようになっていた。たまたま以前私の書いた詩を読んだという人に逢って昔の話をされると、かつていっしょに放蕩をした友だちに昔の女の話をされると同じ種類の不快な感じが起った。生活の味いは、それだけ私を変化させた。「――・・・ 石川啄木 「弓町より」
・・・けれども、それは何、少いもの同志だから、萌黄縅の鎧はなくても、夜一夜、戸外を歩行いていたって、それで事は済みました。 内じゃ、年よりを抱えていましょう。夜が明けても、的はないのに、夜中一時二時までも、友達の許へ、苦い時の相談の手紙なんか・・・ 泉鏡花 「女客」
・・・雀同志は、突合って、先を争って狂っても、その目白鳥にはおとなしく優しかった。そして目白鳥は、欲しそうに、不思議そうに、雀の飯を視めていた。 私は何故か涙ぐんだ。 優しい目白鳥は、花の蜜に恵まれよう。――親のない雀は、うつくしく愛らし・・・ 泉鏡花 「二、三羽――十二、三羽」
・・・端から見たならば、馬鹿馬鹿しくも見苦しくもあろうけれど、本人同志の身にとっては、そのらちもなき押問答の内にも限りなき嬉しみを感ずるのである。高くもないけど道のない所をゆくのであるから、笹原を押分け樹の根につかまり、崖を攀ずる。しばしば民子の・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・てるから、屋敷構から人の気心も純粋の百姓村とは少し違ってる、涼しそうな背戸山では頻りに蜩が鳴いてる、おれは又あの蜩の鳴くのが好きさ、どこの家でも前の往来を綺麗に掃いて、掃木目の新しい庭へ縁台を出し、隣同志話しながら煙草など吹かしてる、おいら・・・ 伊藤左千夫 「姪子」
・・・「そりゃアどうだか分りませんが、朋輩同志で舞台へ出たことはあるのよ」 二人はこんな問答もあった。 僕は、帰京したら、ひょッとすると再び来ないで済ませるかも知れないと思ったから、持って来た書籍のうち、最も入用があるのだけを取り出し・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・文人としての今日の欲望は文人同志の本家争いや功名争いでなくて、今猶お文学を理解せざる世間の群集をして文人の権威を認めしむるのが一大事であろう。 二十五年前と比べたら今日の文人は職業として存立し得るだけ社会に認められて来た。が、人生及び社・・・ 内田魯庵 「二十五年間の文人の社会的地位の進歩」
出典:青空文庫