・・・斯う心の中に思いながら、彼が目下家を追い立てられているということ、今晩中に引越さないと三百が乱暴なことをするだろうが、どうかならぬものだろうかと云うようなことを、相手の同情をひくような調子で話した。「さあ……」と横井は小首を傾げて急に真・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・とがある「僕の知っている女でお正さんというのがあるが、容貌は十人並で、ただ愛嬌のある女というに過ないけれど、如何にも柔和な、どちらかと言えば今少しはハキハキしてもと思わるる程の性分で何処までも正直な、同情の深そうな娘である。肉づきまでがふっ・・・ 国木田独歩 「恋を恋する人」
・・・この身に親しいインティメイトな感じが倫理学への愛と同情と研究の恒心とを保証するものなのである。 二 倫理学の入門 倫理学の祖といわれるソクラテス以来最近のシェーラーやハルトマンらの現象学派の倫理学にいたるまで、人間の・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・ 軍医の云ったことが間違いでないのを確めた看護卒は、同じ言葉を附近の負傷者に同情を持たぬ声で繰りかえした。 栗本は、脚がブル/\慄えだした。「俺等をかえさんというんじゃあるまいな?」 田口は、また困ったような顔をして答えなか・・・ 黒島伝治 「氷河」
・・・と打解けて同情し、場合によったら助言でも助勢でもしてやろうという様子だ。「イヤ割が悪いどころでは無い、熔金を入れるその時に勝負が着くのだからネ。機嫌が甚く悪いように見えたのは、どういうものだか、帰りの道で、吾家が見えるようになってフ・・・ 幸田露伴 「鵞鳥」
・・・さもなければ、君、誰がこんな忠告なぞするものか、実際君の苦しい有様を見ると、僕は大に同情を寄せる。まあ僕は哭きたいような気が起る。真実に苦しんで見たものでなければ、苦しんで居る人の心地は解らないからね。そこだ。もし君が僕の言うことを聞く気が・・・ 島崎藤村 「朝飯」
・・・先方の事情にすぐ安値な同情を寄せて、気の毒だ、かわいそうだと思う。それが動機で普通道徳の道を歩んでいる場合も多い。そしてこれが本当の道徳だとも思った。しかしだんだん種々の世故に遭遇するとともに、翻って考えると、その同情も、あらゆる意味で自分・・・ 島村抱月 「序に代えて人生観上の自然主義を論ず」
・・・ 熱い同情が老人の胸の底から涌き上がった。その体は忽ち小さくなって、頭がぐたりと前に垂れて、両肩がすぼんで、背中が曲がった。丁度水を打ち掛けられた犬のような姿である。そしてあわただしげに右の手をずぼんの隠しに入れてありたけの貨幣を掴み出・・・ 著:シュミットボンウィルヘルム 訳:森鴎外 「鴉」
・・・ 最後にこの震災について諸外国からそそがれた大きな同情にたいしては、全日本人が深く感謝しなければなりません。米国はいち早く東洋艦隊を急派して、医療具、薬品等を横浜へはこんで来ました。なお数せきの御用船で食糧や、何千人を入れ得るテント病院・・・ 鈴木三重吉 「大震火災記」
この新聞の編輯者は、私の小説が、いつも失敗作ばかりで伸び切っていないのを聡明にも見てとったのに違いない。そうして、この、いじけた、流行しない悪作家に同情を寄せ、「文学の敵、と言ったら大袈裟だが、最近の文学に就いて、それを毒・・・ 太宰治 「鬱屈禍」
出典:青空文庫