・・・と、露骨な表現を避けたいいまわしに、私は感心した、そして桃子という芸者がそれを断るのを、自分は泊ることは困る、勘弁してくれという意味で「あて、かなわんのどっせ。かんにんどっせ」と含みを持たせた簡単な表現で、しかも婉曲に片づけているのにも感心・・・ 織田作之助 「大阪の可能性」
・・・それに比べて坂田の自信の方はどこか彼の将棋のようにぼんやりした含みがある。坂田の言葉をかりていえば、栓ぬき瓢箪のようにぽかんと気を抜いた余裕がある。大阪の性格であろう。やはり私は坂田の方を選んだ。つまりは私が坂田を書いたのは、私を書いたこと・・・ 織田作之助 「勝負師」
・・・ と、小沢は今はという言葉に含みを残して、「――とにかく、寝ることにしよう。君は寝台で寝給え」「ええ」 娘はうなずいて、素直に寝台に上りかけたが、ふと振り向くと、「あなたは……?」 どこで寝るのかと、きいた。・・・ 織田作之助 「夜光虫」
・・・巌、白石川の上なる材木巌、帚川のほとりの天狗巌など、いずれ趣致なきはなけれど、ここのはそれらとは状異りて、巌という巌にはあるが習いなる劈痕皺裂の殆どなくして、光るというにはあらざれど底におのずから潤を含みたる美しさ、たとえば他のは老い枯びた・・・ 幸田露伴 「知々夫紀行」
・・・よそからの借銭は必ず必ず思いとどまるよう、万やむを得ぬ場合は、当方へ御申越願度く、でき得る限りの御辛抱ねがいたく、このこと兄上様へ知れると一大事につき、今回の所は私が一時御立替御用立申上候間、此の点お含み置かれるよう願上候。重ねて申しあげ候・・・ 太宰治 「帰去来」
・・・なお、秋田さんの話は深沼家から聞きましたが、貴下にこの手紙書いたことが知れて、いらぬ饒舌したように思われては心外であるのみならず、秋田さんに対しても一寸責任を感じますので、貴下だけの御含みにして置いて頂きたいと思います。然し私は話の次手にお・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・生には何にもまして嬉しく有難く、入歯なんかどうでもいいというような気持にさえ相成り、然れども入歯もまた見つかってわるい筈は無之、老生は二重にも三重にも嬉しく、杉田老画伯よりその入歯を受取り直ちに口中に含み申候いしが、入歯には桜の花びらおびた・・・ 太宰治 「花吹雪」
・・・すぐに見付かればよろしいのでございますが、もうお落しになってから約八分たっていたそうで、すっかり水を含みまして、沈みかかっていたそうでございます。水上警察がそれを見付けて、すぐに非常号音を鳴らします。すぐに電話で潜水夫を呼び寄せます。無論同・・・ 著:ディモフオシップ 訳:森鴎外 「襟」
・・・その木々の葉が夕立にでも洗われたあとであったか、一面に水を含み、そのしずくの一滴ごとに二階の燈火が映じていた。あたりはしんとして静かな闇の中に、どこかでくつわ虫が鳴きしきっていた。そういう光景がかなりはっきり記憶に残っているが、その前後の事・・・ 寺田寅彦 「涼味数題」
・・・曇る鑑の霧を含みて、芙蓉に滴たる音を聴くとき、対える人の身の上に危うき事あり。けきぜんと故なきに響を起して、白き筋の横縦に鏡に浮くとき、その人末期の覚悟せよ。――シャロットの女が幾年月の久しき間この鏡に向えるかは知らぬ。朝に向い夕に向い、日・・・ 夏目漱石 「薤露行」
出典:青空文庫