・・・ 貰いものの葉巻を吹かすより、霰弾で鳥をばらす方が、よっぽど贅沢じゃないか、と思ったけれど、何しろ、木胴鉄胴からくり胴鳴って通る飛団子、と一所に、隧道を幾つも抜けるんだからね。要するに仲蔵以前の定九郎だろう。 そこで、小鳥の回向料を・・・ 泉鏡花 「古狢」
・・・そして静かにそれを吹かすのが、いかにも「何の変わったこともない」感じなのであった。――燈火を赤く反映している夜空も、そのなかにときどき写る青いスパークも。……しかしどこかからきこえて来た軽はずみな口笛がいまのソナタに何回も繰り返されるモティ・・・ 梶井基次郎 「器楽的幻覚」
・・・打ち殺してやるのだ、以前の関係があると聞いただけで私は承知ができねえのだ、お俊を追い出して親方の横面を張り擲ってくれるのだ、なんぞといえば女房まで世話をしてやったという、大きな面をしてむやみと親方風を吹かすからしてもう気に喰わねえでいたのだ・・・ 国木田独歩 「女難」
・・・自分はお長と並んで、畠の隅の蓆の上で煙草を吹かす。双た親は鍬を休めるたびごとには自分の方を向いて話しをする。お長も時々袖を引いて手真似で話す。沖の鳥貝を掻く船を指して、どの船も帆を三つずつ横向きにかけている。両端から二本の碇綱を延しているゆ・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・しまいには敷島などを吹かすものは人間の数へ入らないような気がして、どうしても埃及へ喫み移らなければならぬと云う競争が起って来る。通俗の言葉で云えば人間が贅沢になる。道学者は倫理的の立場から始終奢侈を戒しめている。結構には違ないが自然の大勢に・・・ 夏目漱石 「現代日本の開化」
・・・地獄では我々が古参だから頭下げて来るなら地獄の案内教えてやらないものでもないが、生意気に広い墓地を占領して、死んで後までも華族風を吹かすのは気にくわないヨ。元来墓地には制限を置かねばならぬというのが我輩の持論だが、今日のように人口が繁殖して・・・ 正岡子規 「墓」
・・・彼らを危うしと見ながら悠々とエジプトの葉巻咽草を吹かすは逆自然である、悪逆である、さらに無道の極みである。「絶望」に面して立つ雄々しき労働者は無情なる世人を見て憤怒の念を起こす。綱の切れるはかまわない。ただかの冷ややけき笑いを唇辺に漂わ・・・ 和辻哲郎 「霊的本能主義」
出典:青空文庫