・・・ このように巧い結末を告げるときもあれば、また、――おれが、どのように恥かしくて、この押入れの前に呆然たちつくして居るか、穴あればはいりたき実感いまより一そう強烈の事態にたちいたらば、のこのこ押入れにはいろう魂胆、そんなばかげた、い・・・ 太宰治 「創生記」
・・・が仙台市か或いはその近くの土地に住んでいるように思われて、ひょっとしたら、私のこの手記がそのひとの眼にふれる事がありはせぬか、またはそのひとの眼にふれずとも、そのひとの知合いのお方が読んで、そのひとに告げるとか、そのような万に一つの僥倖が、・・・ 太宰治 「たずねびと」
・・・呶鳴られて私も、気持に張りが出て来て、きょう学生から聞いて来た事を、努めてさりげない口調で、Hに告げることが出来た。Hは半可臭い、と田舎の言葉で言って、怒ったように、ちらと眉をひそめた。それだけで、静かに縫い物をつづけていた。濁った気配は、・・・ 太宰治 「東京八景」
・・・そのつぎにおのれの近況のそれも些々たる茶飯事を告げる。昨日わが窓より外を眺めていたら、たくさんの烏が一羽の鳶とたたかい、まことに勇壮であったとか、一昨日、墨堤を散歩し奇妙な草花を見つけた、花弁は朝顔に似て小さく豌豆に似て大きくいろ赤きに似て・・・ 太宰治 「ロマネスク」
・・・そうして一日のうちには何度となくヴェランダの前へ来て、ガーガーと来意を告げるのである。今に秋風が音ずれて、われわれのみならず、このへんの人たちがみんな引き上げて帰ってしまったあとでも、このあひるはやはりだれもいない明き家のヴェランダの前へ来・・・ 寺田寅彦 「沓掛より」
・・・いわゆる混戦時代が始まって、彼我相通じ、しかも彼我相守り、自己の特色を失わざると共に、同圏異圏の臭味を帯びざるようになった暁が、わが文壇の歴史に一段落を告げる時ではなかろうかと思います。・・・ 夏目漱石 「文壇の趨勢」
・・・をよまされる者にとって、なにごとかを告げる主題である。また、一九三七年にどこからその基金がでたか分らない「新日本文化の会」というものが組織されて、それはもと警保局長松本学と林房雄、中河与一等によって組織された文芸懇話会の拡大されたものであっ・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第十一巻)」
・・・そして、この一つの事実は、作者に日本文学に一つの重大な転機が来ていることを告げるのだった。すなわち、「伸子」に反映しているこの現象は、どんな権力も否定することのできない事実をもって、今日の人民的可能性の高まりと、生活意欲の覚醒とを語っている・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第六巻)」
・・・しかし今日の眼で真に人生の可能を探ろうとすれば、却って軽蔑を押えられない木部の俤を伝えている定子に対する自身の女として堪え難い苦しい感情、子供には告げることの出来ない複雑な愛憎の陰翳を勇気をもって突きつめて自身に究明することによって、葉子の・・・ 宮本百合子 「「或る女」についてのノート」
・・・私たち通常人の公憤は、そのように告げるのである。 この不運な母子の一事件は、実に多くのことを考えさせる。日本の民法が、法律上における婦人の無能力を規定している範囲は、何とひろいことだろう。女子は成年に達して、やっと法律上の人格をもつや否・・・ 宮本百合子 「石を投ぐるもの」
出典:青空文庫