・・・(徐譬えば下手な俳優があるきっかけで舞台に出て受持だけの白を饒舌り、周匝の役者に構わずに己が声を己が聞いて何にも胸に感ぜずに楽屋に帰ってしまうように、己はこの世に生れて来て何の力もなく、何の価値もなく、このままこの世を去らねばならぬか。何で・・・ 著:ホーフマンスタールフーゴー・フォン 訳:森鴎外 「痴人と死と」
・・・フランツは麻のようなブロンドな髪が一本一本逆に竪つような心持がして、何を見るともなしに、身の周匝を見廻した。目に触れる程のものに、何の変った事もない。目の前には例の岩が屏風の様に立っている。日の光がところどころ霧の幕を穿って、樅の木立を現わ・・・ 森鴎外 「木精」
出典:青空文庫