・・・ 汽車の時間を計って出たにかかわらず、月に浮かれて余りブラブラしていたので、停車場でベルが鳴った。周章てて急坂を駈下りて転がるように停車場に飛込みざま切符を買った処へ、終列車が地響き打って突進して来た。ブリッジを渡る暇もないのでレールを・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・まして私たちが実存主義作家などというレッテルを貼られるとすれば、むしろ周章狼狽するか、大袈裟なことをいうな、日本では抒情詩人の荷風でもペシミズムの冷酷な作家で通るのだから、随分大袈裟だねと苦笑せざるを得ない。だいいち、日本には実存主義哲学な・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
・・・「今隣へはいりかけたんだよ」「浮気者! おビール……?」「周章者と言って貰いたいね。うん、ビールだ。あはは……」 私は軽薄な笑い声を立てながら、コップに注がれたビールを飲もうとすると、マダムは私の手を押えて、その中へブランデ・・・ 織田作之助 「世相」
・・・ しかしこのできるはずのことがなかなか容易にできないのは多くの場合に群集が周章狼狽するためであって、その周章狼狽は畢竟火災の伝播に関する科学的知識の欠乏から来るのであろう。火がおよそいかなる速度でいかなる方向に燃え広がる傾向があるか、煙・・・ 寺田寅彦 「火事教育」
・・・ 一方で高倉テル氏をつかまえ自由を剥奪し、ハンストを行わせるまでにしながらかくすよりあらわるるはなしで、こんなくだらないことでこれほど民自党を周章狼狽させた泉山蔵相は現代のカリカチュアです。 山下春江代議士の日ごろの態度にもすきがあ・・・ 宮本百合子 「泉山問題について」
・・・けれども、現実の結果は、彼等の心配、周章の証人となったわけである。 メーデー警戒で、看守は四十八時間勤務をさせられている。今年のメーデーは特別神経過敏で、警官を半数ずつトラックに載せて一時間おきにつみかえ、待機するようにという説があった・・・ 宮本百合子 「刻々」
・・・彼の国と指差しながら、周章ふためいて、喚きながら馳けずり廻らないでも好いのではございますまいか。 矢鱈に興奮許りしても、人間の魂が浄められるものでもございますまい。 人間を創る者は人間でございます。創った人間を量る者も亦、人間でござ・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
・・・あっちこっちへ、駈けずりまわる周章から救われた。理性の出生は遅すぎたかもしれないが今現われてくれたことは、ほかのどのときにおいてよりも、彼女にとって幸福な、ほんとに役立たれる場合であったのである。 彼女は微かに、自分の性格が、根本的にあ・・・ 宮本百合子 「地は饒なり」
・・・これが、事実であった証拠に、政府は、周章して、五円札も封鎖されることを公表したのである。 それぞれの新聞が、モラトリアム家計の設計をのせた。同じように次の式をのせた。 旧券は、それがどれほどどっさり在ろうとも貯金して、手・・・ 宮本百合子 「私たちの建設」
・・・而るに弟子は召ぶを知って逐うを知らぬので、満屋皆水なるに至って周章措く所を知らなかったということがある。当時の新聞雑誌はこの弟子であった。予はこれを語るにつけても、主筆猪股君がこの原稿に接して、早く既に同じ周章をせねば好いがと懸念する。予の・・・ 森鴎外 「鴎外漁史とは誰ぞ」
出典:青空文庫