・・・それを思うと、今日では女の身の上にも昔の厄の呪文のような輪なんか、とうにもっと大きいものの中にふっ飛ばされてしまっていることが痛切に感じられて、面白く愉快な気持がした。 私たちの今日の生活では、自分一つの身を安泰に保つ可能などというもの・・・ 宮本百合子 「小鈴」
・・・のように呪文的にもち扱われた。文学は政治のあとに発生するものであるけれども、固有の狭い意味での政治と文学とは、機能のまったくちがう人間精神の二つの作業であるから、一つが一つに従属するというものではないはずである。社会にあって文学が政治ととも・・・ 宮本百合子 「作家の経験」
・・・其故、欧州の戦乱後、世界の呪文のようになった米国の女性に就て物を考える場合にも、私は其等の乱酔的の興奮にはかられたくないと存じます。無批判で外界の刺戟に左右される事は恐ろしい事でございます。人が自分を殺すような事になります。 良いも悪い・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
・・・きょうという日に生活のひとこまを展開させている若い人々に、貞操という呪文めいた言葉の表現で向っても、既に理性にも感情にも訴えるものを失っているだろう。在るのは、数々の人間行動の基準の一つとして、両性関係をどう見てゆくか、という白日的な問題の・・・ 宮本百合子 「貞操について」
・・・カッと目を見張って神経の弱い対手を習慣的な言葉の呪文で立ち竦ませることが出来なかったと同時に「厨房日記」の作者自身も、気持よく対手の麻痺の中に自身を憩わすことも不可能であった。義理人情の合言葉が、今日の現実の裡で何かの支えとなり得ているもの・・・ 宮本百合子 「「迷いの末は」」
・・・ 呪文を称え、ぎっしり自分も眼を瞑った。息を殺して子供の寝息をうかがうみのえの前に、切ない待ち遠しさが光った道になって横わった。 ○ 母親が先に立って行く。一間と離れず油井とみのえがその後に跟いた・・・ 宮本百合子 「未開な風景」
・・・スポーツとソプラノで、多数の若い女が只動物的な活力を横溢させている一方、少し頭脳型のひとは口づたえの呪文のように空虚感や無目的感を誇張するとすれば、それは今日の文化がいかに本質的に低いかを語る悲しい滑稽の一つなのである。 若しそれを今日・・・ 宮本百合子 「私たちの社会生物学」
出典:青空文庫